舞台芸術関係者のあいだでも、ライブとオンラインでは何がちがうのかということを説得的に言えるような材料がなかなか見つからないようなので、シンポジウム「ライブでしか伝わらないものとは何か? 〜教育、育児、ダンスの現場から考える〜」を企画しました(2021年11月30日まで配信予定)。「でも今忙しいし、二時間も見てるヒマないよ」という方にもぜひ知っていただきたいので、どんな話が出たのか、いくつか紹介しておこうと思います。
この企画で真っ先に思い浮かべたのが赤ちゃん学の開一夫さんでした。ミラーニューロンの反応がライブと映像ではちがうことを実証した方です。最初に開さんのことを知ったのはイアコボーニ『ミラーニューロンの発見 「物まね細胞」が明かす驚きの脳科学』という本でした(ハヤカワノンフィクション文庫、196頁〜。この本にも舞台芸術関係者が知っておくとよさそうな話がたくさんあります)。ミラーニューロンというのは他者の行動を見たときに、自分が行動しているときと同じように反応する脳神経細胞のことで、20世紀末に発見され、DNAに匹敵する発見ともいわれています。ここでこの世界的にも貴重な実験をしたのが日本の研究者だと書いてあって、注を見て検索してみたら、乳幼児向けテレビ番組『シナぷしゅ』や絵本『もいもい』でも有名な赤ちゃん学の第一人者でした。以来、『シナぷしゅ』もよく娘と一緒に見ています。
開一夫さんは『赤ちゃんの不思議』(岩波新書)の「赤ちゃん脳はテレビ映像をどう捉えるか」というところで、この実験について詳しく書いています(154頁〜)。お姉さんがおもちゃを使っている同じ場面をリアルとテレビ映像で成人に見せると、テレビではミラーニューロン・システムがあまり反応しなかったのですが、リアルでは一次運動野周辺が大きく活動しました。開さんによれば、だからこそ、こたつでミカンを食べながら凶悪事件の犯人が登場するドラマを見ることができるのだそうです。人間の脳は「今、ここ」で起きていることとそうでないことを区別して反応しているわけです。
同じ実験を六ヶ月の赤ちゃんで行うと、赤ちゃんではテレビでもミラーニューロン・システムがある程度活動しましたが、やはりリアルのほうがより強く活動しました。別の実験で、赤ちゃんは一〇ヶ月頃までにテレビ映像で見ることが「今、ここ」で起きているわけではないと認識するということがわかっています(73頁〜)。
今回のシンポジウムでは、時間のずれに関する実験も紹介されています。赤ちゃんとお母さんがモニター越しに顔を見合うとき、お母さんの声かけに反応して赤ちゃんがお母さんに笑いかけ、お母さんがほほ笑み返せば、赤ちゃんはお母さんに興味をもちつづけます。ところがお母さんの映像を一秒遅れで映すようにすると、しだいに赤ちゃんは興味を失い、笑いかけることもなくなっていきます(シンポジウムの45:30頃から)。
同じ空間にいて物理的に働きかけてくる可能性があるかどうか(「ここ」性)、同じ時間を生きていて今の自分に対して反応してくれるかどうか(「今」性)に応じて、脳の反応はだいぶちがうようです。自分が微笑んだり、悲しい顔をしても何も変わらないんだと知っているときと、それが影響を与えうると感じているときとでは、私たちの体はだいぶちがう仕方で世界と接しているようです。
ライブとオンラインでは何がちがうのか(1) 赤ちゃん学の開一夫さん、ライブと映像でのミラーニューロンの反応のちがい 2021年11月22日
カテゴリー: 文化政策
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