そういえば米国に行ってみて、一つ積年の謎が解けた。静岡県舞台芸術センターと静岡芸術劇場の英語表記について。Shizuoka Performing Arts Center, Shizuoka Arts Theatreと、なぜCenterはerで、Theatreはreなのか?どちらも英国ではer、米国ではreと、学校では習っていたので、ずっと不思議に思っていた。
実際には事態はより複雑だった。演劇/劇場については、米国でもtheatreとtheaterの両方の表記が混在している。この使い分けは、結局のところ統一の基準があるわけではなく、人によって様々のようだが、こんな話がある。以下、フレデリック・マルテル『超大国アメリカの文化力』から、ケネディの文化特別補佐官だったアーサー・シュレジンガーについて。
「演劇ファンと言っても、実のところシュレジンガーはミュージカルの熱烈なファンだったのだ。彼が回顧録で一九三〇年代の歌について語るとき、読み手には彼の熱い気持ちが伝わってくる。だが同時に彼の劣等感も読み取れる。偉大なる英国演劇に対して、アメリカでは「シリアスな」演劇が主流とならない現実。シェイクスピアに対して、ミュージカルがもたらす安易な喜び。これらを考えあわせた時、シュレジンガーはいささか引け目を感じていたようだ。そんな時彼は、アメリカの「演劇(Theater)」は英国の貴族的でエリート主義の「演劇(Theatre)」とは異なり、民衆により近いものなのだと自分に言い聞かせた。だからこそ、彼は「プロレタリア的な」作品を賞賛するのである。」(p. 22)
これはもちろんフランス人外交官の意地悪な分析なので、シュレジンガーが本当にミュージカルにそんなに「引け目を感じて」いたかは定かではないが、少なくとも英国的な「演劇」と、より米国的な「演劇」(とりわけミュージカル)とが、米国である程度共存していることも読み取れる。英語のtheatre/theaterはフランス語のthéâtreから来ているので、reの方がヨーロッパ的なのに対して、erの方が英語の発音の論理に忠実で、英国ではあまり使われない分、より米国の独自性が主張できるわけだ。
実際に現在の米国の劇場を見ると、ミュージカル劇場や映画館ではよくtheaterが使われているのに対して、非営利のより「シリアス」で「芸術的」な劇場では、基本的にはtheatreが使われている場合が多い。(以下にシカゴの劇場の例を。)
だとすれば、「静岡芸術劇場」は、米国の文脈でも、やはりarts theatreでなければならない、というわけなのだろう。
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