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字幕と演劇の二回性 2025年12月25日

聴覚障害者のために日本語字幕をつけた舞台が増えている。それがドラマ的演劇から非ドラマ的演劇への回帰と並行しているようにも感じられる。

ドラマ的演劇にとって、字幕はかなり邪魔な存在だった。全てがその場で起きているかのように演じているのに、字幕の存在がそれを台無しにしてしまう。字幕操作で最もやってはいけないことの一つは、声より先に字幕を出してしまうことである。字幕はあたかも声がその場で自動的に翻訳されているのように出さなければならない。

だが能楽堂に行ってみれば、舞台よりも謡本に目をやりながら舞台に耳を傾ける観客がいたりする。あるいは文楽を観に行けば、太夫が床本を掲げてから見台に置き、語りを聞かせる。これらの舞台では、もちろん「ネタバレ」を気にしたりすることもない。

西洋近代に成立したドラマ的演劇というモデルも、あらかじめテクストが存在するという点については、能や文楽と変わりはない。異なるのは、上演において時間の二重性があることを隠蔽するか否かだろう。生涯演劇について考えつづけた哲学者アンリ・グイエが最晩年に『演劇と二回性の芸術Le Théâtre et les Arts à deux temps』(1989)という著作を出している。ここでは演劇が音楽とともに、創作と上演の二つの時間を必要とする「二回性の芸術」と定義されている。20世紀には演劇の「一回性」について盛んに語られてきた。トーキーの出現によって劇場が次々と映画館になっていった時代には、グイエは演劇の現前性を強調していた(『演劇の本質L’Essence du théâtre』, 1943, 『表象』15「座談会 オンライン演劇は可能か」注10を参照)。だがそれから半世紀を経て、20世紀末にはむしろ二回性に焦点を当てるに至った。たしかに演技術について考えてみれば、一回性の演技が意味を持つのは、むしろ映画だろう。演劇においては一定の再現性をもつ演技を長期にわたる稽古(仏語ではまさにrépétition「繰り返し」と呼ぶ)によって培っていく必要がある。もちろん演技は上演ごとに異なるが、そこにはある程度「同じこと」を繰り返すという意志が存在する。

非ドラマ的演劇の観客は、「同じこと」を繰り返そうとする際に生じる同一性と差異の両方を評価する。ある演者の演技は、たとえばその師や先代の演技を彷彿とさせながら、どこか異なる。そして同一の作品とされるテクストの上演であっても、台詞や身ぶりが異なる場合もある。こういった同一性と差異について評価を下すには、かなりの観劇経験と教養が必要となる。その意味で、このような非ドラマ的演劇のほうが、初めて聞く物語がその場で起きるかのように演じられるドラマ的演劇よりも、長期にわたって育まれた観客層を重視し、より「通人」に権威を持たせるものとなる。逆にいえば、ドラマ的演劇の方が、そのように積み重ねられた文化を共有していない人にもアクセスしやすい。だがドラマ的演劇も、再演を重ねれば、結果的に非ドラマ的演劇のような様相を帯びていくこととなる。

「演出家の時代」の演劇は、この両者のあいだに位置していた。すでに書かれた戯曲の上演という意味では、「二回性の芸術」に他ならない。だが20世紀の演劇学においては、戯曲より上演を重視するイデオロギーが普及していき、上演の一回性が焦点化され、二回性についてはあまり語られない傾向があった。この二回性の隠蔽は弁論術に由来している。

弁論術においては、徹底的に原稿を推敲しながらも、その場で思いついたかのように話さなければならない。原稿を読み上げると聴く者は退屈するし、粗探しをしたくなる。話者がその場で感じいったかのように目を潤ませれば、聴く者は情報や論理よりもその声や表情に影響を受ける。この二回性を隠蔽する技術が、とりわけ18世紀以降、西洋演技論に影響を与え、感情を主な素材とする演技論が形成され、音楽的な形式性を重視する演技形態に取って代わっていった。だが、この感情主義演技論は、舞台よりもむしろ映像における一回性の演技に適しているとも言える。映像において一回性の演技を引き出す手法が発展していくと、舞台では逆に二回性を活かす演技形態を発展させるという戦略も採られていく。近年いよいよストレートプレイよりもミュージカルに観客が集まる傾向が見えるのは、これが一因だろう。

非ドラマ的演劇においては、字幕について、ドラマ的演劇とは異なる考え方が必要になる。オペラにおいてはそのための知見がある程度蓄積されてきたが、あくまで聴者のためのものだった。聴覚障害者を主な対象とする字幕では、近年新たな探求が行われてきている。非ドラマ的演劇の一要素として字幕を捉えれば、もっと字幕の遊び方が広がっていくかもしれない。

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呪術的な歌と宗教的な歌 2025年12月24日

西洋演技論史の授業にゲストでお招きした俳優の稲継美保さんと、呪術的な歌と宗教的な歌は違うのかも、という話に。呪術的な歌は欲望の対象を操作しようとする。乳児が泣くのにも似ている。乳児が泣き、保護者が乳を与えたりおむつを替えたりしているうちに、両者の間で操作的な呪術が成立していく。こちらは自然な記号の延長線上にある。一方、聖歌や声明は、より制度化された記号により、日々の人間の欲望や苦悩を超えた世界があることを体感させてくれる。18世紀に音楽が制度的な記号とされたのは、宗教音楽を経て音楽が構造化・制度化されてしまったことも一因なのかも。
夜にDaBYで拝見した岩渕貞太さんの『大いなる午後』では、日常的な身体が消尽した先に、動物としての人間、呪者としての人間、宗教者としての人間の身体が入れ替わり立ち替わり立ち現れ、私たちのうちに眠っている器としての身体が呼び醒まされた。「本音」というのは、器としての身体が奏でる音のことなのかもしれない。

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歌はなぜ呪術的な力を持つのか

歌はなぜ呪術的な力を持つのか。ようやく腑に落ちた気がする。
歌が歌われるとき、複数の時間が呼び醒まされる。歌詞が紡がれたとき、メロディが紡がれたとき、何度か口に出してみたとき。歌詞にもメロディにも、さまざまな身ぶりの記憶が詰まっている。ジュウシマツの歌には、父鳥が恋を実らせた時の身ぶりが宿っている。ヒトであれば、悲しみや怒りや憎しみと結びついた身ぶりの場合もあるだろう。
今いる人だけでなく、亡くなった人や遠い祖先から受け継がれた感情までもが、その身ぶりには宿ってしまう。新しい歌だって、古い歌と無縁に作ることはできない。歌を歌うと、そんな無限にからまりあった時間が呼び醒まされる。
歌う人は歌うことの主体なのか、歌が歌う人に歌わせているのか。生者が死者を操っているのか、死者が生者を操っているのか。本当のところ、こんな問い自体が無意味なくらい、私たちは死者たちとともに生きている。死者たちの言葉を語り、死者たちの身ぶりを繰り返しながら。
実のところ、歌のない台詞劇だって起きていることは同じなのだが、そこでは数世紀前から、そのことが隠蔽されるようになっていた。あたかも全てが「今、ここ」で起きているかのように演じること。
このドラマの時代が、いわゆるポストドラマの時代を経て、終わろうとしているのかもしれない。私たちは「今、ここ」で演じる人の向こう側に、見せ消ちにされた死者たちの身ぶりを見ることを思い出してきたのかもしれない。だとしたら今、私たちはこの演技の呪術性をどう引き受ければよいのか。
これからの演技について考えるための出発点に、ようやくたどりつけたような気もする。
(ヌトミック『彼方の島たちの話』、横浜ボートシアター『小栗判官・照手姫』、城山羊の会『勝手に唾が出てくる甘さ』を拝見しました。)

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これからアジアで舞台芸術キュレーターになるには・・・(2025 北藝學院:策展實驗室) 2025年9月22日

(English version is below)
台北舞台芸術センター(臺北表演藝術中心/TPAC)主催の2025 北藝學院:策展實驗室(TPAC-Campus 2025 “Curating in Action”)https://tpac.org.taipei/event/1303、9日間の日程を無事に終了しました。学んだものが多く、オーガナイズしてくださったTPACの謝昀蓁さん、郭怡君さんにはとても感謝しています。レクチャーは英語で行いましたが、優秀な中日通訳の方を終日つけてくださったおかげで(これが最高の贅沢でした!)、かなりローカルで繊細な話もできました。

今回は衛武営国家芸術文化中心のドラマトゥルクで台北芸術節の芸術監督も務められていた耿一偉(ケン・イーウェイ)さん、相馬千秋さんと私がメンターで、お二人のレクチャーも受けることができ、とても刺激的でした。イーウェイさんは豊富なご経験をもとにしたキュレーションの方法論をわかりやすく説明しつつ、参加者同士が自然にお互いを知り合えるようなワークをされていて、こういう授業ができるようになるといいなあと思いました。相馬さんはF/T、あいちトリエンナーレ、シアターコモンズ、テアター・デア・ヴェルトでのご経験を惜しみなく話されていて、なんだか毎度胸が熱くなりました(自分がかなりフォロワーだったことに気づきました笑)。

自分はとりわけ、ポスト西洋世界において、アジアにおいてはいよいよ「演劇」や「舞台芸術」といった枠組みが問い直されていくとしたら、これからどうしたらいいだろうか、といったことを参加者のみなさんと考えていきました。台湾でこの話をするなかで、西洋諸国も日本も植民地化の文脈で使ってきた「アジア」という言葉自体に対していよいよ違和感を感じるようになったのが、今回の大きな収穫の一つだったように思います。

七人の参加者はとてもバックグラウンドが多様で、お話しするたびに発見がありました。鄭子謙(チェン・ツーチエン)さんはストリートダンスでチャンピオンになり今では審査員も務める一方で、満州語が読めて、清朝を初期から支えた漢人たち「漢軍八旗」について博士課程で研究中(清朝の重要な古文書は多くが台北にあるとのこと)。曾冠菱(ツェン・カンリン)さんは国立台北芸術大学ドラマトゥルギー科修士課程の最初の卒業生で、いろんな地域で伝統芸能や高校演劇の企画も手がけつつドキュメンタリー演劇を研究し、台北で新たなドキュメンタリー演劇の企画を立てていました。 李明潔(リー・ミンチエ)さんもかつてストリートダンスでかなり有名だったとのことですが、今はコンテンポラリーダンスで国際的に活躍されていて、圓山にあった児童遊園地のリサーチをもとにした作品を博士課程で構想中。丁福寬(ティン・フークァン)さんは盗火劇團他、演劇の制作経験が豊富で、国際的な展開を考えるために参加されたとのことで、いつか日本にゆっくり滞在したいとおっしゃっていました。張詠晶(チャン・ユンチン)さんも舞監からマーケティングまでこなせる経験豊富なプロデューサー。国家両庁院や雲門舞集(クラウド・ゲイト・ダンスシアター)で働かれたあとに大規模な文化イベントのマネージメントをされていて、ペルーのアマゾン川流域でドキュメンタリー作品撮影に従事して人生観が変わり、これから国際的な仕事をしていきたいと思われたとのこと。王顥燁(ワン・ハオイエ)さんは劇作家で、英国・ドイツで経験を積まれてから故郷の彰化に戻り、ご自身の作品を発表しつつ、彰化で様々なイベントを手がけられています。ヨーロッパでのご経験を通じて地域に根づく文化を再発見していったお話にはとても共感しました。張頴嵐(チョン・ウェンラム、キャシーン)さんはマカオ出身のキュレーターでヨガインストラクター。台北芸術大学の博士課程で学びつつ、マカオのフェスティバル等で舞台芸術とヴィジュアルアートを組み合わせたキュレーションをつづけられています(とりわけ2019年以降、台湾にはマカオや香港から多くの移住者が来ています)。

個人的に興味をもっていたのは、台北以外に次々と国立劇場ができた2010年代を経て、台北以外の地域での活動がどうなっているのか、ということでした。なので、TPACが台北の組織でありながら、地域的多様性も重視して参加者を選考してくれたのはうれしかったです。始まる前に、高雄にできた衛武営国家芸術文化中心も訪れ、高雄を拠点とするアーティストにも会うことができました。まだまだアーティストや技術スタッフの大半が台北を拠点としていて、他地域での活動は容易ではないようですが、各地域でアーティストも観客も増え、活動が多様化しています。

私は祖父が台湾人だったのですが、台湾からお仕事をいただいたのはこれが初めてで、とてもうれしかったです。ようやく「トイレはどこですか」とか、「ミルクティーください」とか、台湾旅行で最低限必要な言葉をいくつか発することができるようになりました(運がいいと通じる、というくらいですが)。バタバタしていてこれまで存じ上げていた方々にはあまりお目にかかれませんでしたが、また台湾に行くのがいよいよ楽しみになりました。

We finished TPAC (Taipei Performing Arts Center)-Campus 2025 “Curating in Action” with 9 days’ lectures and workshops. Thank you so much Miranda Yunchen Hsieh and Sally Kuo for all the organizations! Most of the lectures were in English, but as they provided us two Chinese-Japanese excellent interpreters (so luxury!), we could talk about very local and delicate issues.

This time, the mentors are Keng Yi-Wei (dramaturg of Weiwuying National Kaohsiung Center for the Arts and ex-artistic director of Taipei Arts Festival), Chiaki Soma and myself. I could follow the other mentors’ exciting lectures. Yi-Wei explained curatorial methods based on

his rich international knowledge and curatorial experience, and made works through with the participants could know each other in a natural way. Chiaki shared generously her experience in Festival/Tokyo, Aichi Triennale, Theater Commons and Theater der Welt. All the examples stirred me (I attended the most of them — I recognized myself as her follower…)

I mainly discussed with them about decolonization of the Western frameworks like “theatre” or “performing arts” in the post-Western world. For me, the most valuable thing I got in these discussions was my uncomfortable feeling in using the term “Asia”, which was used in colonial contexts not only by Westerns but also by Japanese.

The seven participants were from very various backgrounds, and each time I had a chat with them, I discovered something. (If I am wrong, please correct me.) Cheng Tsuchien is a champion and judge of street dance, as well as a historian of Qing Dynasty. He leads research on Han Chinese Eight Banners, Han army who supported Qing from the beginning in a doctoral course (so he can read Manchurian! Apparently the most important documents of Qing dynasty are in Taipei now). Lee Mingchieh was apparently also a famous street dancer, but now she works in contemporary dance field internationally. She found it more exciting as it’s less competitive about skill. She prepares a project Yuanshan Amusement Park which existed from the Japanese occupation period to her childhood in her doctoral research. Tsen Guan-Ling is one of the first MA of the department of dramaturgy of Taipei National University of the Arts. She studied documentary theatre as well as worked for traditional arts and high-school theatre festival in several regions, and now think about a project of documentary theatre project about Taipei people’s daily life. Ding Fukuan is a well experienced theatre producer who works for Voleur du Feu Theatre and other theatre projects. He thinks how to develop his works internationally, and would love to make a long stay in Japan. Chang Yung-Ching is also a skilled producer who experienced also technical works and marketing. After working for big institutions like NTCH or Cloud Gate, she managed also big cultural events. While filming a documentary in the Amazon basin of Peru, her perspective on life changed, and she decided to pursue more international work. Wang Haoyeh is a playwright who, after gaining experience in the UK and Germany, returned to Changhua, her hometown. There, she makes her own works while organizing various events in the city. I deeply resonated with her story of rediscovering locally rooted culture through her experiences in Europe. Kathine Cheong Weng-Lam is a curator and yoga instructor from Macau. While pursuing her doctoral studies at Taipei National University of the Arts, she continues to curate a festival combining performing arts and visual art in Macau and other projects (particularly since 2019, many people from Macau and Hong Kong have migrated to Taiwan).

Personally, I was interested in how activities outside Taipei were progressing after the 2010s, when national theaters opened one after another outside the capital. So I was delighted that TPAC, while a Taipei-based organization, prioritized regional diversity in selecting participants. Before the program began, I visited Weiwuying National Kaohsiung Center for the Arts, and also met artists based in Kaohsiung. While it seems the majority of artists and technical staff are still based in Taipei, and making activities in other regions is still quite challenging, both artists and audiences are growing in each area, and activities are diversifying.

My grandfather was Taiwanese, and this was the first time I got a job from Taiwan, which made me very happy. I’ve finally managed to say a few essential phrases for traveling in Taiwan, like “廁所在哪裡?” or “請給我一杯奶茶” (they worked sometimes). I was so busy that I didn’t get to see many of the people I had known before, but I’m really looking forward to going back to Taiwan again.

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カテゴリー: アジアの舞台芸術

「日本の現代演劇」とは何か 2023年2月10日

「日本の現代演劇」とは何か、何であり得るのか、私たちはまだ十分に知らないのかもしれない。日本語で上演のために書かれた多くのテクストは、「伝統芸能」や「伝統演劇」の枠内でしか使われていない。その原因の一つは、テクストと身ぶりや音楽とが不即不離の関係にあるためである。もちろんヨーロッパの戯曲も多くはそうだったはずだが、近代ヨーロッパでは、テクスト中心主義を媒介にして、テクストを当初想定されていた身体性から切り離して上演する慣習が確立した。

もう一つの原因は、日本語で上演のために書かれたテクストの多くが「公論」の形成を目的としていなかったことだろう。一八世紀以降の西欧においては公的資金が用いられる劇場が公論形成の場ともなり、それを目的として書かれる戯曲も出現してきた。さらに、過去のレパートリーもそれを基準として読み直されるようになっていく。

日本では歌舞伎を「旧劇」として否定する「新劇」から近代演劇の歴史が始まったことになっている。「伝統芸能」、「伝統演劇」あるいは「旧劇」をすでに発展段階を終えた歴史の遺物とみなし、西洋の演劇史と接続することで、日本の「近代演劇/現代演劇」の歴史は紡がれてきた。

20世紀以来、ヨーロッパの演劇もテクスト中心主義を問い直し、身体性や音楽性の価値を再発見するための試みを重ねている。だが、「演劇」と呼ばれる枠組み自体がテクスト中心主義と分かちがたいため、そこから逃れるのは容易ではない。「演出家の時代」を経ても、「演出」をテクストと見なす新たなテクスト中心主義以外の道はなかなか見えてこない。

公論の形成だけが舞台芸術の価値だとすれば、言葉を使わないパフォーマンスの多くを排除してしまうことになりかねない。ヨーロッパの公共劇場における舞台芸術は、舞踊や音楽を含むさまざまなパフォーマンスを、アーティストの言葉や企画書によってなんとかテクストに回収させることで公共性を確認してきた。だが、そこで使われている言葉は、本当に身体性の価値を評価できるものになっているのだろうか。身ぶりを身ぶりによって、音楽を音楽によって批判することが可能であり、身ぶりや音楽にアイロニーがありうるのだとすれば、その意味は私たちが今使っている言葉で十分に回収可能なのだろうか。

私が演技論史に取り組んでいるのは、「演劇」の歴史ではなく「演技」の歴史を辿ってみれば、違う道筋が見えてくるのではないかと思ったからだ。テクスト中心主義へと向かう演技論史を、そのローカルな文脈のもとに置き直してみるだけでも、それがどれだけ特殊な状況で成立したものなのかが見えて、その普遍性を問い直すことができるかもしれない。

そして、いわゆる「伝統演劇」のテクストを、それが前提としていた身体性とともに、今の私たちの身体を通じて上演しなおす試みは、ヨーロッパの特殊な状況で培われた「演劇」の枠組みから排除されてしまったものにも目を向けられるような、私たちの「現代演劇」のあり方を考えるための重要な手がかりになるかもしれない。

(木ノ下歌舞伎/岡田利規『桜姫東文章』を拝見して。)

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『仮構の歴史』 2022年12月18日

マーク・テ/ファイブアーツセンター『仮構の歴史』、『バリン』につづき、マレーシアという国家の成り立ちをめぐる刺激的な作品。中等教育で使われる歴史の教科書がテーマ。マラヤ連合時代(1946-1948)においては、最近まで政権与党だったマレー系右派ナショナリズム政党UMNO(統一マレー国民組織)主導のデモよりも、「ハルタル」と呼ばれた左派ナショナリズム政党主導のゼネラルストライキ(1947)のほうがよほど多くの人が参加していたのに、教科書では全く取り上げられていなかった。このハルタルの時代を振り返ってみると、長年マレー半島で暮らしてきたマレー系、中華系、インド系の住民が同等の市民権をもって共存できる国家が成立していた可能性が見えてくる。「ハルタル」はガンジーが提唱した非暴力抵抗運動から来た名前で、植民者であった英国人が再び政治や経済を通じて影響力を行使することへの宗教を超えたナショナルな抵抗が含意されている。マラヤ共産党やマラヤ華人の歴史がご専門の原不二夫先生は公演後のトークで、もしこのストライキに共産党が参加していたら、マレーシアの歴史は変わっていたかもしれない、とおっしゃっていた。この作品では、「共産主義者=中国人/無神論者」といった(右派プロパガンダにもとづく)クリシェにはそぐわない、マレー系やムスリムに改宗した華人の元マラヤ共産党指導者たちに焦点が当てられていた。「国家と民族の関係には別の形もありえた」というオルタナティブな歴史を語ることは、国家が仮構してきた歴史を根底から突き崩すことにもなりかねない。原先生は日本の教科書問題にも言及なさっていて、マレーシアでこの作品を上演する困難さがより身に沁みて実感できた。「日本人の歴史」では何が仮構されてきたのか、考えさせられる作品。

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シンポジウム「芸能者はこれからも旅をするのか? ~コロナ後の国際舞台芸術祭における環境と南北問題~」 2022年10月28日

東京芸術祭 2022 シンポジウム「芸能者はこれからも旅をするのか? ~コロナ後の国際舞台芸術祭における環境と南北問題~」、オンライン配信を開始しました。

国際舞台芸術祭で働いていて、ここ三年ほどは自分の仕事を問いなおす日々でした。国境を越える移動が少しずつ再開してきましたが、世界中の人が飛行機に乗れるようになってきたことは、コロナ禍がパンデミックとなった原因でもあり、環境破壊や気候変動を促進する一要素でもあります。一方で、移動が制限されたり、移動のリスクが高まってしまうと、舞台芸術の世界では、すでに著名なアーティストに仕事が集まり、南北格差が固定化されることにもつながりかねません。この問題について話すために、ヨーロッパ、アメリカ大陸、アジアからそれぞれ一人ずつお招きして、オンラインでシンポジウムを行いました。

アウサ・リカルスドッティルさんは、ブリュッセル(ベルギー)に拠点を置く世界最大の舞台芸術ネットワークIETMの事務局長です。2020年、コロナ禍を受けて、IETM他ヨーロッパを拠点とする四つの舞台芸術ネットワークが共同で、「よりインクルーシブで持続可能でバランスの取れた」国際ツアーのあり方を欧州圏41カ国で実証的に検証する試み「パフォーム・ヨーロッパPerform Europe」が立ち上げられました。ここで明らかになったことの一つが、ヨーロッパの内部でもアーティストのモビリティには大きな格差があるということでした。つまり、国際舞台芸術祭を通じて見える「世界」は、地域やジェンダー、障害の有無などにより、視野がかなり限定されてしまっていたわけです。この格差はコロナ禍により、さらに拡大する傾向にありました。そこで、より環境に優しいツアーの仕方を検討するだけでなく、この格差をいかに減らすかも大きな課題となりました。

モントリオール(カナダ)のフェスティバル・トランスアメリーク共同芸術監督となったマーティン・デネワルさんは、北米先住民アーティストの視点から環境問題を捉えなおす試みをご紹介いただきました。マーティンさんはヨーロッパ出身で、先住民に「我々の土地にようこそ」と迎え入れられたといいます。他者や環境から収奪する関係から、ホストとゲストとが相互に敬意を払う関係へと関わり合いをむすびなおすことで、南北問題と環境問題に同時にアプローチする可能性が見えてきました。

そしてコロナ禍の渦中にシンガポール国際芸術祭ディレクターとなったナタリー・ヘネディゲさんからは、今日の東南アジアの現実に根づいたプログラムをどう組んでいったのか、お話をうかがうことができました。航空機による移動が止まったなか、ナタリーさんはまず「ウェブサイト上で旅をした」と言います。コロナ禍で極めて厳しい状況に置かれた東南アジアのアーティストたちは、積極的にオンラインで情報を発信していました。それ以前は、一人あたりGDPが高いシンガポールとそれ以外の国々ではモビリティにかなりの格差がありましたが、そこでは逆に、より水平的な出会いが可能になったといいます。

お三方のお話から、一人ではとても思いつかなかった糸口が見えてきました。経済がグローバル化するなかで、地理的な南北だけでなく、「資本主義経済のグローバル化により負の影響を受ける地域や人々」を指す「グローバルサウス」という概念が提唱されてきましたが、グローバルサウスは北にも南にも、またいわゆる先進国にもあります。そしてグローバルサウス間の連帯を模索する動きも拡がっています。一カ所に人が集まらないと成立しないという極めて「非効率的」な舞台芸術も、グローバル資本主義とはなかなか相容れません。これからの舞台芸術の国際交流は、グローバルサウスから新たな経済圏をつくる動きとの連帯を模索する必要があるのかもしれません。

12月11日まで配信の予定です。私1人では消化しきれない話ばかりですので、ぜひご感想をお寄せください。
https://tokyo-festival.jp/2022/program/symposium_i

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「人材」とは 2022年6月14日

今参加者募集中の「東京芸術祭ファーム」は「人材育成と教育普及のための枠組み」ということになっていますが、この「人材」という言葉を使うべきかについては、昨年立ち上げの際に、だいぶ議論がありました。私も少し調べてみて、最終的に、使ってもよいのではと思いました。誤解を避けるためにも、この機会に、経緯を少しお話ししておきます。

まずは否定的な意見から。今「人材」という概念が普及したのは、新自由主義的経済学の人的資本(human capital)論によるもので、人間そのものが市場において「資本」や「商品」として機能するような考え方にもとづいている、という話があります。この意味での人材概念は、2011年に内閣府に設置された「グローバル人材育成会議」から、教育行政でも広く使われるようになったのだそうです。経済産業省の「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書」(二〇二〇年九月)には、「人材の『材』は『財』であるという認識」によって「人的資本」を論じたと明言されています。(佐藤学『第四次産業革命と教育の未来 ポストコロナ時代のICT教育』)また、「人材」は英語のhuman resouces「人的資源」の訳語でもあって、この語は第一次大戦の頃から「国家に奉仕する人間のストック」といったニュアンスで使われ、日本でも大政翼賛運動の中で使われてきた経緯があります。この意味では、たしかにあまり使いたくない言葉です。

一方で、漢語の「人材」はかなり古い言葉で、『詩経』(紀元前12-6世紀の祭礼歌や民謡の集成)が出典です。「小雅・菁菁者莪 序」にはこうあります。

「菁菁者莪、樂育材也。君子能長育人材、則天下喜樂之矣。」
「菁菁たる莪は、材を育するを楽しむなり
君子よく人材を長育すれば、則ち天下之を喜楽す」

「キツネアザミ(莪)が茂るのを楽しむように、君子が人材を育成すれば社会全体がそれを享受することになる」という意味だそうです。ここで紹介されている歌は、川辺や丘にキツネアザミが茂っている様子(菁莪)を眺め、それを憑代とする水神が人里に近づいてくる歓びを歌うものです。キツネアザミは明らかに栽培植物ではなく、勝手に茂っているわけで、しかもすごく役に立つというよりも(薬草として使うこともあるようですが)、むしろあまり茂っていると困るくらいのものです。それが「材」だというのは、水神の憑代だからであって、人間の世界とは違った理屈で、勝手に生い茂っていくのを、元気にやっているなあ、となんとなく見守っていられる人こそが度量の広い「君子」なのだ、ということなのでしょう。(「君子」というのは、歌のなかでは水神のことのようですが、序のほうでは人間への教訓を述べているのかもしれません。)

まあ「東京芸術祭ファーム」の運営側に「君子」というほどの人がいるわけでもありませんが、できるのはせいぜい「何かやってみたい人」のために、なるべく安全にやってみることができる場をつくるくらいのことではないか、と思うと、この『詩経』に採録された歌がしっくりくるように思いました。そんな「人材」が、いつかみんなを楽しませてくれることを祈りつつ、ご応募をお待ちしております。

菁菁者莪 在彼中阿 既見君子 樂且有儀
菁菁者莪 在彼中沚 既見君子 我心則喜
菁菁者莪 在彼中陵 既見君子 錫我百朋
汎汎楊舟 載沈載浮 既見君子 我心則休

茂れるきつねあざみは、川の隈(くま)に。
水神の御出ましに、我が心も楽しみ静まらん。
茂れるきつねあざみは、川の水際に。
水神の御出ましに、我が心も喜ばん。
茂れるきつねあざみは、高き丘の上に。
水神の御出ましに、我らの多福を祈らん。
やなぎの舟はゆらゆらと、浮き沈みしつつ来る。
水神の御出ましに、我が心も喜ばん。
( 『新釈漢文大系第111巻 詩経(中)』石川忠久著、明治書院)

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東京芸術祭ファーム2022 ラボ
参加者募集中のプログラム
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※応募資格等の詳細は、下記より募集要項をご確認ください
https://tokyo-festival.jp/tf_farm

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クータンバラムの開放 2022年2月22日

アジア劇場史に残るであろう決定が下されました。

南インド・ケーララ州で、クーリヤッタム、ナンギャール・クートゥー、チャキヤール・クートゥーを演じるための劇場クータンバラムはヒンドゥー教寺院内にあり、ほとんどは特定カースト以外による上演を禁じてきましたが、主要なクータンバラムの一つが、それ以外のパフォーマーにも公演を許可することになったそうです。

SPACにもたびたび来てくれたナンギャール・クートゥーの代表的演者の一人カピラ・ヴェヌさんによれば、今ではこれらのジャンルのパフォーマーの75%は特定カースト出身者以外の方だそうです。日本人も含め、外国人のパフォーマーも増えています。

かなり時間はかかりましたが、新たな展開が生まれそうです。
https://timesofindia.indiatimes.com/city/kochi/support-grows-for-call-to-open-koothambalams-for-all-castes/

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『アリアーヌ・ムヌーシュキン:太陽劇団の冒険』とリアリズム演技論への問い 2021年10月24日

『アリアーヌ・ムヌーシュキン:太陽劇団の冒険』を見て、今さらながら、この周辺で起きていたことには大きな影響を受けたんだなと思った。歌舞伎や能や文楽に改めて興味を持つようになったのも、留学していた頃にパリの演劇科で、太陽劇団の影響が色濃かったということがあった。自分が西洋演技論史を専門にしたのは、今あたかも普遍的なものであるかのようにみなされている「リアリズム」と呼ばれる演技形式が、特定の地域・時代の特殊な状況のなかで生まれてきたことを示すためだった。この映画のなかでムヌーシュキンは、リアリズムが演劇にとっての最大の危機だと語っている。太陽劇団はインドや日本の演技形態にも普遍性がありうるということを体当たりで示そうとしていた。

太陽劇団の作品や活動のすべてを肯定してきたわけではないが、こういった試みが減ってしまったことはちょっと残念に思っている。いわゆる「リアリズム」的な演技形態や、シェイクスピアやギリシア悲劇のテクストを使うことが「文化の盗用」とされないのは、それに普遍性があるということが前提になっているからだが、これらが普遍的なものとみなされた背景には、植民地時代の政治的・経済的構造がある。ハンバーガーが世界化したからといってその「普遍性」を肯定的に評価すべきとは限らないし、今「エスニックフード」とみなされているものが今後世界化していく可能性は十分にある。

いわゆる先進国においてマジョリティに属するアーティストたちが、植民地支配を受けた国や先住民の文化に目を向けたことは、脱植民地化の一つのステップだった(太陽劇団の場合、ムヌーシュキン自身をはじめ、多くの劇団員が移民層の出身で、マジョリティとも言い切れないが)。それに対して、植民地支配を受けた側や先住民のアーティストたちが「文化の盗用」という批判を向けたのもまた、重要なステップだった。表象の担い手が出自に応じて平等に権利を得られていない状況に対しては、まだまだ取り組まなければならないことがたくさんある。

だがそこには、アイデンティティポリティクスだけでは解決しない問題も少なくない。「普遍」とされるものを疑いながら、「普遍」とされていないものに特定の集団を超える意味を見出すことは、世界の均衡を取り戻すためにまだまだ必要な作業ではないか、などと思いながら、リアリズム演技論の起源について考えつづけている。

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