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ハバナ滞在記(1) 米国とキューバの演劇交流 2017年2月12日

2月5日、ニューヨークからハバナへ。直行便で3時間ちょっと。強烈な日差しと、インターネットに接続されていない世界。ちょっと生き返ったような感覚。

沿道には革命と社会主義を称揚する壁画やポスター。一方で宿まで送ってくれた車には星条旗マークの飾り物があり、道行く女性が星条旗の下に大きく「USA」と書かれたTシャツを着ていたりする。

メキシコもキューバも、当初のリサーチ計画にあったわけではないが、ACCのスタッフに相談したら、「私たちは企画書ではなくて人を信頼して交流事業をやっているので」とおっしゃっていた。ACCの方々の心の広さには本当に感謝している。

米国において、ヒスパニック系の演劇は、いわば「マイノリティ演劇」というジャンルにおいて、アジア系の演劇と競合関係にあるともいえる。全米の人口構成上、ヒスパニック系の人口は近年アジア系を大きく上回りつつある。アジア系とのちがいの一つに、本国との地理的距離が圧倒的に近いということがある。その分、本国を巻き込んだ演劇交流については、アジア系を上回るダイナミズムを見せているようだ。このあたりは、日本にいたときには全く想像がつかなかったところ。一方日本においては、メキシコやキューバの演劇作品を見る機会はまずなかった。アジアの同時代的舞台芸術の位置について考えはじめたのは、そもそも演劇を通じて「世界」を描こうとするときに、欧米に比べてアジアが小さくなりがちに思えたからだ。だが米国にいると、日本ではアジア以上に扱われる機会が少ないラテンアメリカが大きな存在感を持って見えてくる。だから「世界演劇」のなかで、この地域がどんな位置を占めているのか、気になってくる。

キューバに行ってみたくなったのは、あちこちでキューバ系米国人のアーティストと出会ったからだ。オースティンでのNPN(ナショナル・パフォーマンス・ネットワーク)年次総会では、マイアミとニューヨークをベースとする振付家・ダンサー・俳優のオクタビオ・カンポスに出会った。オクタビオは近年、毎年のようにハバナに行き、キューバのアーティストたちとの共同作業をしている。今はキューバのアーティストたちとブロードウェイ向けに大きな作品を企画しているらしい。

NPN事務局でラテン・アメリカとの交流事業を担当しているエリザベス・ダウドも、マイアミ在住のキューバ系米国人だった。マイアミでは300万の人口のうち200万人がスペイン語話者だという。マイアミでは、米国を含めた(!)スペイン語圏の作品を紹介する国際ヒスパニック演劇祭も行われている。キューバ系の住民は全米で約110万人。キューバの人口が約1100万人なので、キューバ系米国人は国内人口のちょうど1割ほどに相当することになる。キューバ系米国人のうち約62万人がフロリダ州マイアミ周辺で暮らしている。キューバ系米国人のほとんどは共産党政権から逃れてきた人々。フロリダ州は大統領選挙でキャスティングボートを握る大票田の一つで、スイング・ステート(選挙のたびに結果が変わる州)。かつてフロリダ州で負けて大統領になったのはビル・クリントンのみ。これは歴代の大統領が対キューバ強硬策を採りつづけた理由の一つでもある。今回の大統領選挙でも、フロリダ州のキューバ系米国人の過半数がトランプに投票したことが、トランプの勝利に大きく貢献している。

(参考)前回大統領選でのフロリダ州におけるキューバ系米国人の投票行動について

http://www.miamiherald.com/news/local/news-columns-blogs/andres-oppenheimer/article112080317.html

http://mainichi.jp/articles/20161025/mog/00m/030/008000c

http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2016/11/post-6241.php

そしてメキシコ舞台芸術ミーティングENARTESでは、シカゴのグッドマンシアターのアソシエート・アーティストで演出家のヘンリー・ゴディネスと出会った。ヘンリーはハバナの劇団テアトロ・ブエンディーアとの共同作業をもう何年もつづけている。ノースウェスタン大学でも教えていて、2010年から毎年学生をハバナに連れて行っているという。

これにはけっこう驚いた。米国人のキューバへの渡航は長年のあいだ基本的に禁じられていた。米国とキューバの国交が回復されたのは2015年7月。2016年3月の米キューバ首脳会談前後から米国の航空会社のハバナ乗り入れが進んだ。今ではニューヨークからの直行便もあり、300ドル以下でハバナまで行くことができる。だが、オバマ政権は以前から「学術交流」などの名目で、限定的な交流を少しずつ認めてきていたらしい。ヘンリーは「毎年政府との折衝を繰り返して、悪夢のような事務手続きをしながら」交流事業を進めていったと語っていた。ヘンリーもオクタビオも、Facebookページの背景に大きくオバマの写真を載せている。

一方で、キューバ系米国人がおしなべてオバマの対キューバ融和政策を支持しているわけでもなく、オースティンでは「私はキューバ生まれのキューバ人だ」といいながらも、「共産党政権がつづく限りふたたびキューバの地を踏むことはない」と言明するビジネスマンにも出会った。第一世代と第二世代とのあいだで意識の差もあるらしい。

http://www.nhk.or.jp/kokusaihoudou/archive/2016/11/1107.html

はじめオクタビオと同時期にハバナに行くつもりだったが、オクタビオは都合で来られなくなったので、代わりにハバナ在住のプロデューサーのエドゥアルドを紹介してくれた。エドゥアルドと打ち合わせをしているときに、「米国の財団とキューバ政府に支援を受けながら映画製作事業をしている」と聞いて、これも驚いた。今、米国とキューバのあいだで何が起きているのか。数日で理解できることは限られているだろうが、毎日少しずつ、見えてくるような気もする。

(つづく)

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カテゴリー: ACC キューバ

「ミス・サイゴン」問題、あるいはアイデンティティをめぐる非対称性について(1) 2017年2月4日

先日アジアン・アメリカン・アーツ・アライアンス専務理事のアンドレア・ルイさんにお目にかかって、「アジア系の舞台俳優は米国の舞台で仕事を得られる機会が少ない」という話を聞いた。以下の統計によれば、この10年平均で、ニューヨークのブロードウェイと非営利の劇場において、アジア系俳優の出演は平均して4%程度に過ぎない。一方、ニューヨーク市民のなかのアジア系の比率は12%以上。

Asian American Arts Alliance

http://aaartsalliance.org/

AAPAC (ASIAN AMERICAN PERFORMERS ACTION COALITION)

http://www.aapacnyc.org/stats-2014-2015.html

まだはっきりした答えが得られたわけではないが、ブロードウェイ版『ミス・サイゴン』のキャスティングをめぐる議論が参考にはなりそうだ。1990年、ロンドンで大ヒットしたミュージカル『ミス・サイゴン』のブロードウェイ版の製作が予定されていた。ロンドン版では、フランス人の父とベトナム人の母から生まれ、狂言回し的な役割を担う「エンジニア」役に英国人の白人俳優ジョナサン・プライスが起用されて評価を得ていて、ブロードウェイ版でもこの配役が踏襲されることになっていた。

ところがプライスはアメリカン・アクターズ・エクイティ(American Actors Equity, 米国人俳優にとっての利益に配慮しつつ、米国での米国市民ならびに非市民の俳優の雇用を管理する舞台俳優と舞台監督の労働組合、以下「エクイティ」とする)によって労働許可を拒否される。しかしエクイティのメンバーたちがこれに反対する署名を集め、一週間後に特別審議会が開かれて、エクイティは一転して労働許可を認めるに至った。プライスは1991年4月に開幕したブロードウェイ版でも無事に同じ役を演じることができ、同年のトニー賞ミュージカル主演男優賞を受賞している。ブロードウェイでの『ミス・サイゴン』は、このプライスをめぐる論争の拡がりもあって、記録的な大ヒットとなり、9年以上のロングランとなった。(ちなみに今はブロードウェイで上演されていないので、実際に観られてはいません。ご覧になった方やお詳しい方、誤解などあればぜひご指摘ください。)

この問題については、NYUパフォーマンス・スタディーズ科のカレン・シマカワさんが詳細な分析をしているので(Karen Shimakawa, National Abjection. The Asian American Body Onstage, Duke University Press, 2002, Chapter I “I should be ― American!”)、以下、それに基づいて。エクイティがはじめ労働許可を拒否したのは、『M. バタフライ』で知られる中国系劇作家デビッド・ヘンリー・ファンらの抗議に基づいている。抗議の焦点は主に(1)アジア系の俳優が主要な役で舞台に立つ機会が十分にないなかで、アジア系の役ですらヨーロッパ系白人俳優が配役されてしまうことへの反発、(2)プライスによる「アジア人」の演じ方自体への反発(とりわけヨーロッパ系俳優が目張りやメイクでアジア系らしい顔を作り、ステレオタイプな「アジア人」を演じる、いわゆる「イエローフェイス」に対する反発)、の二点にあるようだ。

『ミス・サイゴン』のプロデューサーであるキャメロン・マッキントッシュはプライスの起用にこだわって、プライスが出演できなければブロードウェイ公演初日をキャンセルするとまで言明した。この労働許可拒否問題は社会的に大きく取り上げられることになる。大手紙の大半は、保守・リベラルを問わず、プライスの起用を支持する論説を発表した。

プライスの起用を支持する側の主な主張は以下の通り。すでにシェイクスピアなどの西洋古典作品で、ヨーロッパ系を想定して書かれた登場人物に黒人俳優を起用する、といった「カラー・ブラインド・キャスティング(肌の色を無視したキャスティング)」がなされてきた。だとすれば、逆にヨーロッパ系の俳優がアジア人を演じるのも「芸術上の自由」ではないか。そして、これを認めないのはむしろ「逆差別」なのではないか。

この主張は『ミス・サイゴン』制作側の説明にもとづくもので、実際にキャメロン・マッキントッシュも『オペラ座の怪人』の主役に黒人のロバート・ギロームを起用しており、またその直前にやはり黒人のモーガン・フリーマンが『じゃじゃ馬ならし』のペトルーキオを演じたり、デンゼル・ワシントンが『リチャード三世』で主演したり、といった例があった。この作品のキャスティング・ディレクターはさらに、アジア系で45歳~50歳で、プライスと同じくらいの古典的演劇出演の経験があり、国際的な名声を得ている俳優がいれば見つけていただろうが、「世界中を探してみたうえで」見当たらなかった、と説明している。

というわけで、アジア系演劇人の抗議は、最終的に、論争に加わった米国の多くの「識者」から、「芸術上の自由」を侵害しかねないものとみなされることになった。だが、この抗議は本当に不当なものだったのだろうか。

ファンとともに最初の抗議に加わった俳優のB. D. ウォンは、「私たちは自分たち自身の肌の色の役を演じる機会も十分に与えられておらず、(フリーマンやワシントンのような)「非伝統的」なキャスティングのために闘う状況とはほど遠い」と語っていた。そもそもこの時代、アジア系の舞台俳優が「国際的な名声」を得られうる機会はほとんどなかった。ブロードウェイで上演された、アジア系の男性が主要な役を演じる作品は、『王様と私』や『太平洋序曲』など、数えるほどしかない(ちなみに1976年に初演された『太平洋序曲』ではイースト・ウェスト・プレイヤーズのマコ・イワマツとパン・アジアン・レパートリー・シアターのアーネスト・アブバが共演している)。

実のところ、先ほどのキャスティング・ディレクターの説明は、あまり正確なものではなかったことが分かっている。「世界中を探してみた」のはヒロインのキム役の女優と、その他のベトナム人の脇役についてであり、実際にヒロイン役にはフィリピン人女優レア・サロンガが起用された(サロンガはプライスとともにトニー賞ミュージカル主演女優賞を受賞している)キム役については、白人女優が目張りをして顔に黄色あるいは濃い色のメイクをして演じる、という選択肢ははじめからなかったようだ。つまり、「オリエンタル・ビューティー」にはアジア系の女優が必要だ、というプロデューサー側の判断があったわけである。

一方「エンジニア」役については、早々にプライスの起用が決まっていて、アジア系の俳優は実際のところ、特に検討された形跡がない。ここで分かるのは、英国においても米国においても、「オリエンタル・ビューティー」は(英国や米国で無名の女優であったとしても)すでに商品価値を持っているのに対して、アジア系の男優は集客に必要な魅力を持っているとは見なされていない、ということだ。

キムは17歳で売春婦となっていて、初めての客となった米軍兵クリスと恋に落ち、子どもを宿す。クリスはそれを知らず米国に帰国し、米国人の白人女性エレンと結婚する。キムはクリスの帰還を待ちわびるが、クリスはエレンを伴ってヴェトナムを訪れる。クリスが結婚したことを知ってエレンは絶望し、子どもがクリス夫妻によって米国で育てられることを望んで自殺を遂げる。ここでキムは、米国人白人男性にとって、いわばきわめて都合のよい存在として描かれている。(・・・とまとめると、クリスがひどい人間のようだが、あちこちでクリスの行動を倫理的に正当化する仕掛けがなされている。)

一方「エンジニア(「やり手」「世渡り上手」というようなの意味らしい)」は、売春宿を経営し、キムやキムの息子を利用してなんとか米国に渡ろうとする、という、いわば汚れ役である。父親がフランス人ということになってはいるが、たまにフランス語が出てくる以外、特に「ヨーロッパ系」であることが強調されることはない。パン・アジアン・レパートリー・シアターの創始者ティサ・チャンは、フリーマンがペトルーキオを演じたり、ワシントンがリチャード三世を演じたりするときには「白塗り」する必要はなかった、ということを指摘している。ここでプライスが濃い色のメイクをし、目張りをしたのは、明らかにこの「狡猾なアジア人」のステレオタイプを演じるためであり、「肌の色を無視した」役柄を演じるためではなかった。つまり、ここで問題となっていたのは、アジア人(あるいはアジア系米国人)が自ら、自分自身の表象を統御する機会が十分に与えられていない、ということだった。

(つづく)

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パン・アジアン・レパートリー・シアター芸術監督ティサ・チャンさんのお話 2017年1月31日

昨日パン・アジアン・レパートリー・シアターの芸術監督ティサ・チャンさんにお話を伺うことができた。アジア系米国演劇のパイオニア的存在。他にも関連の書きかけメモが溜まっているのだが、とりあえずまとまったので。

Tisa Chang

https://en.wikipedia.org/wiki/Tisa_Chang

パン・アジアン・レパートリー・シアターPan Asian Repertory Theatreは1977年創立、今年で40周年。東海岸ではじめてのアジア系米国人によるプロの劇団。(西海岸ではマコ・イワマツらによりイースト・ウェスト・プレイヤーズEast west playersが1965年に創立されている。)

http://www.panasianrep.org/

ティサ・チャンさんは重慶で生まれたが、1946年、6歳のときに両親とともに渡米。両親は演劇活動が盛んな南開中学・高校で中国近代劇を代表する劇作家の曹禺や周恩来と同窓生。周恩来も芝居をやっていた。父親は蒋介石率いる中華民国の外交官だった。マンハッタンの舞台芸術専門の高校やバーナード・カレッジで音楽を学び、ダンサーとしてキャリアを出発。やがて俳優としてブロードウェイやハリウッドで活躍した。1950年代から60年代にかけて演劇活動をはじめた頃は、米国育ちでも、中国生まれということで、常に外国人扱いされていた。1977年にパン・アジアン・レパートリー・シアターを立ち上げた当初も、よく「マイノリティーシアター」と呼ばれた。

出発点はラ・ママ実験劇場のエレン・スチュワートとの出会い。エレンは1973年、私がはじめて演出した京劇の翻案『鳳凰の帰還The Return of Phoenix』に5,000ドル出資してくれた。この作品は大ヒットして、CBSテレビが買ってくれ、その後の活動につながった。ラ・ママでは中国系やアジア系の俳優とギリシャ悲劇、シェイクスピア、チェーホフ、ゴルドーニなどを上演。『真夏の夜の夢』では、普段は英語を話していて、魔法にかかると中国語を話す、という設定にした。自分たちの劇団は「アジア系米国人による古典劇の劇団」だと考えている。コメディー・フランセーズやモスクワ芸術座のようなレパートリーシアターがモデル。

日本の作家では安部工房、清水邦夫、三島由紀夫のサド公爵夫人などを1970年代にいち早く紹介。また、エドワード・サカモト、ワカコ・ヤマウチなど、それまでほとんど上演されることがなかった日系劇作家第1世代の作品も、やはり70年代に紹介していった。

当時はアジア系アメリカ人のプロの舞台俳優はほとんどいなかったが、私たちが出演した俳優にきちんと報酬を支払って、プロにしていった。その当時の主流はジョン・オズボーンのような「抵抗演劇」。それに対して、パン・アジアン・レパートリー・シアターがベースとした中国、インド、日本の伝統演劇は儀礼的祝祭的で、音楽や舞踊が重要な位置を占めている。それぞれの俳優が独自に学んできたものを、出自が異なる他の俳優とも共有していった。自分たちが演劇を始めた頃はアカデミックな演劇教育のシステムはほとんどできておらず、演劇学校に通ったり、個人的にレッスンを受けたりしていた。私はウタ・ハーゲンからレッスンを受けた。

私たちは訓練をベースにした卓越性と言う基準を守りつづけている。それに比べると、今の若い俳優は十分な訓練とディシプリンを獲得しておらず、表面的な作品が多いような気がしている。

創立して三年目の1980年にはニューヨーク市アーツカウンシルから「重要機関Primary Organization」と認められ、今までフォード財団などの財団のほか、国立芸術基金(NEA)やニューヨーク市、ニューヨーク州などから継続的に支援を受けている。2008年のリーマンショック以降、財団の支援システムが大きく変わって、苦労もある。

国内各地のほか、エジンバラ、シンガポール、カイロ、ヨハネスブルクなどでも公演。2003年にはハバナ演劇祭に招聘されたはじめての米国の劇団となった。

ルーシー・リューなど、ハリウッドに進出した俳優も少なくない。ただ、多くの俳優は、ハリウッドを目指すのではなく、私たちの舞台に立つことを望んでくれた。

認められるためには、他の米国の演劇人よりも2倍も3倍も働かなければいけなかった。(昨日も、月曜日で他の劇団員は休んでいたが、チャンさんは事務所に来て一人で働いていた。「私はiPhoneとかは使っていないので、パソコンに向かう時間を取らないとメールの返事も書けないから」という。)

重要なコラボレーターの一人、アーネスト・アブバさんのお話。アジア諸国ではナショナリズムが強く、国と国との間に緊張がある場合が多い。だが、米国では「パン・アジアン・シアター」が可能だったのは、米国にはアジア的なナショナリズムはなく、きわめて個人主義的なので、「みんなで一つになる」といった集団ではなく、一人一人が個性を保ったまま一緒に仕事をする、というスタイルを取れたからだという。

以下にチャンさんが詳しく来歴を語るインタビューがある。

https://www.tcg.org/Default.aspx?TabID=4347

先週、新作『秘寺での出来事INCIDENT AT HIDDEN TEMPLE』の幕が開いたところ。来年公演予定の次回作はパキスタン出身のムスリム作家の作品とのこと。

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「ポスト真実」の政治 2017年1月29日

「ポスト真実」の政治などというが、未だかつて地球上で、「真実による統治」が実現したためしはない。これがあったかのように思うのは、知的エリートによる情報管理が可能だった近過去に「哲人統治」の理想を投影しているに過ぎない。

経済については、ずっと以前から「思惑」や「思惑の思惑」によって動くことが容認されている。むしろ恐ろしいのは、生の枠組み自体を決定する政治が経済に服従し、政治に経済と同じ速度が求められるようになりつつあることだ。(昨日一月ぶりに再会したニューヨーク大学のイラン人の学生は、「イラン人の入国ができなくなるので、国に帰れなくなった」という。)良くも悪しくも、アテナイの口頭による直接民主主義に近づいてきたのかもしれない。

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ウィーメンズ・マーチ 2017年1月27日

2017121

前夜、アリソン・フリードマンの家に集まった人たちでポスター作り。

朝10時に議事堂近くの広場に集合、との話だったが、10時過ぎにアリソンの家を出発。地下鉄は超満員。一本やり過ごして、なんとか二本目に乗り込む。土曜日だが、平日のラッシュ時よりも乗降客が多かったという。11時過ぎに議事堂最寄り駅に着く。議事堂に近づくに連れて人が増えていく。昨日の就任式よりもはるかに人が多い。男性も結構いて、安心した。

耳がついたピンクのニットキャップをかぶっている方がたくさんいる。これは「プッシーキャット」を意味するのだという。

時々小雨が降るが、幸いそれほど寒くない。マーチは午後1:15に始まると聞いていたが、なかなか始まらない。多くの人は手書きで思いの「サイン」を書いて掲げている。アリソンの家に集まった人たちは中国語ができる人が多いので、「中国からトランプへ。グレート・ウォール(万里の長城)はうまくいかなかったぞ」というサインを英中二カ国語で作ったら、道行く人にawesome!などと声をかけられた。サインは本当に様々で、中には「パレスチナ解放!」といったものもあれば、ごく稀に「家族計画を増やして中絶を減らせ」というリベラル派らしくないものも見かけたりする。

声の通る人が節をつけて耳なじみのいいキャッチフレーズを叫ぶと、周りの人がついていく。”my body, my choice”, “black lives matter”, “we need a leader, not a frequent tweeter”, “we’ll not go away, welcome to your first day!”等々。以前宮内康乃さんがニューヨークのデモのときに「音楽の生まれる瞬間に立ち会っているよう」と言っていたのを思い出した。

午後2時近くなって、ようやく行進が始まった。

著名人のスピーチやライブなどもあったらしいが、いつどこでやるのかは公表されておらず、結局一度も出会わなかった。だが、それもまたよかった気がする。ふつうの市民が、主張はけっこうばらばらのまま、とにかく自分の思っていることを書いたり叫んだりして歩く、というのが、近代で最も古い民主主義の歴史をもつこの国ならではのことのように思えた。”we gonna show, what the democracy look like!”というリフレインが心に残った。

午後10時の便でシカゴへ。直行便が高騰していて、ふつうは二、三時間のところ、フロリダ経由で10時間近くかかることに。電車では17時間くらいかかって翌日の舞台に間に合わないので、仕方なく。

夜のワシントン発オーランド行きの機内は、ウィーメンズ・マーチTシャツを着た女性同士がハイタッチしているのをトランプTシャツを着た男性が片目で眺めている、という他ではあまり見られなかった状況。フロリダ州は大統領選で票が分かれ、最後まで勝敗が決まらなかった州の一つ。フロリダに戻ったら、この人たちが対話を交わす機会はどれくらいあるのだろうか。

(おまけ)以下、Kumi Smithさんによるウィーメンズ・マーチで見かけた「サイン」、聞こえたキャッチフレーズ集

From the poetic to the profane, a catalogue of all the signs seen at the DC women’s march today:

–Rest of the world: we are sorry!

–Books not crooks

–Read more, tweet less

–I can’t believe I’m still protesting this shit

–Urine a lot of trouble

–Dump trump

–White silence = white violence

–Melania, blink twice if you need help

–Nobody likes you

–Screw us and we multiply

–You’re so vain you probably think this march is about you

–Show us your taxes

–Science is real

–Words matter

–GOP so small it fits in your uterus

–Patriarchy is for dicks

–Feminist AF

–OMG GOP WTF

–Tired of Trump already

–Grab them by the constitution

–Our children are watching

–Resistance is fertile

–What Meryl said

–Queer as Fuuuuu

–There will be hell toupe

–Tomorrow there will be more of us

–Nasty women seeking bad hombres, must love tacos

–Slay the patriarchy

–Let’s discuss the 🐘 in the womb

–Can’t combover mysogeny

–Seas are rising, so should we

–Make America good again

–Whit house white power

–Girls just want to have fundamental rights

–We will overcomb

–My family fled Russia for this?

–I may be gay but I can see straight through your BS

–Climate is changing why aren’t we

–We are not ovary-acting

–Cervix says: not my president

–This march doesn’t end today

–Don’t g̶e̶t̶ raped̶

–Global mourning

–Take your rosaries off my overvaries

–Our rights are not up for grabs, neither are we

–Fight like a girl

–Equal pay for equal work

–Science is real, unlike Trump’s tan

–I’d call him a cunt but he’s not warm or deep enough

–Patriots don’t grab pussy

–Sexual predator in chief

–I got 99 problems and white heteronormative patriarchy is all of them

–Separation of state and vagina

–You tweet, we march

–Eat pussy, don’t grab it

–Viva la vulva

–Watch his policies not his tweets

–There is no force more powerful than a woman determined to rise

–Keep public land in public hands

Rachael Cleghorn Veto the Cheeto!! 😆

Sami Khoury They do say that the best art is born from struggle.

Josefine Dz 1. “Patriots dont grab pussy was my friends sign – we were so close!

2. Another good one “Trump has 99 problems and THIS BITCH IS ONE.”

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大統領就任式

2017年1月20日

11時半から大統領就任式。近いエリアで見られるチケットを数日前に申し込んだつもりだったが、遅かったのか届かなかったので、仕方なくチケットなしで入れるというエリアに行ってみる。

途中で抗議活動も見かける。11時過ぎに連邦議会議事堂前に着くと、長蛇の列。昨日のウェルカム・セレブレーションに比べれば有色の人々の割合が多く、トランプに反対する立場を表明するバッジなどを身につけて参加する人もそれなりにいる。以下によれば、やはり白人が大多数ではあったようだが。
https://www.indy100.com/article/trump-inauguration-white-crowd-diverse-pictures-7538011?utm_source=indy&utm_medium=top5&utm_campaign=i100

仮面をかぶり、顔を隠して参加する五人のグループ。仮面を取ると「ノー・トランプ」とペインティング。「バイカーズ・フォー・トランプ」のメンバーから「ここはおまえらが来るところじゃないぞ」と声がかかる。「支持してなくても私たちの大統領なんだから、就任式を見にきてやったんだ。今こそ一つにならないと。」「ここはおまえらにとって安全なところじゃない。カメラに向かって微笑んでみな!」等々。

隣にいたMy Body My Choiceというバッジ(翌日開催予定のウィーメンズ・マーチのモットーの一つ)をつけた女性に声をかけられる。ニューヨークから来た学生で、ジャーナリスト志望だという。「あなたもニューヨークから?なんで来たの?」「ニューヨークではトランプ支持者に会う機会がないから」「そう、私もそう思って。あ、ちょっと声が大きいかも。気をつけて!」

持ち物検査がなかなか進まない。あとで聞くと、一部で抗議活動が暴徒化したせいもあったらしい。12時くらいになんとかゲートを通過したものの、チケットなしで入れるエリアにはスクリーンすらなく、声もよく聞こえない。携帯で生中継を観ている人も。時々演説に反応して声を上げる人もいるが、今ひとつ盛り上がらない。失敗。

なぜかトランプの演説中なのに、レッドチケットエリアから出てくる人も少なくない。スクリーンが小さく、そこでも見にくかったのかも知れない。

国家が聞こえると、沿道の警官たちが手を額にかざす。トランプ支持者の一人も真似するが、他の人たちはただ聞くだけ。

あまりに議事堂からもスクリーンからも遠く、2時間後にはパレードが通ると聞いたものの、体調も今ひとつだったので、今日は早めに退散。

アリソンの家に戻って、テレビで就任演説を見ていたアリソンのお母さんの感想を聞くと、「思ってたほどひどくはなかったけど、これまでの大統領の演説に比べて、哲学的な深みが全くなかった」とのこと。

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大統領就任式記念コンサートと表象の寡占という問題 2017年1月24日

2017年1月19日

ワシントンDCに来たかったのは、高校時代の同級生が記者としてここに赴任していることを知ったためでもある。

お昼をご一緒して、大統領選についていろいろ伺った。プロレス経験の後にキャラクターが変わったという話もあり、トランプの言動がどこまで「演技」なのかには議論があるらしい。ここまで世界の行く末を左右するパフォーマンスもなかなかないだろう。

今日は午後四時から、リンカーン記念館前で「メイク・アメリカ・グレート・アゲイン!ウェルカム・セレブレーション」がある。

http://www.independent.co.uk/…/donald-trump-inaugural-conce…
https://en.wikipedia.org/…/Make_America_Great!_Welcome_Cele…

ホワイト・ハウス前の通りを「バイカーズ・フォー・トランプ」が爆音でハーレー・ダヴィッドソンを飛ばしていく。ホワイトハウス前からリンカーン記念館までは徒歩で30分くらい。近づくに連れて人が増える。記念公園の入り口で荷物チェック。「バッグを持っている人はこっちの列に!」と叫んでいる女性は「ドナルドがヒラリーに勝利するDonald Trumps Hilary」というティーシャツを着ている。裏には「魔女は死んだThe witch is dead」。

ぱっと見たところ95%以上は白人だが、ごくたまにアジア人も見かける。スペイン語も時々聞こえる。ウィーメンズマーチのバッジをつけた人も。黒人は周囲には数人しかすれ違わなかったが、10人くらいの「ブラックズ・フォー・トランプ」というグループが通りかかると、歓声を呼んでいた。

リンカーン記念館前の客席には招待状を持っている人以外は入れず、それ以外は記念館前に延びる運河沿いに設置されたスクリーンでセレモニーの様子を観ることができる。前座として、「ザ・レパブリカン・ヒンドゥー」というインド系のグループがボリウッド風ダンスを披露している。

午後3:45頃、無名戦士の墓に花輪を手向ける儀式。ジャレド・クシュナー夫妻が出てきたところで大きな拍手。トランプが出てくると「USA、USA!」と連呼。

「バイカーズ・フォー・トランプ」の革ジャンを着た男性が隣の中国系の男性に、なぜトランプを支持するか、経済統計の数字を挙げながら熱く語っている。「俺の年収は4000万ドルだが(注:全然そう見えないのがすごい)、そのうち40%は税金で取られている。それがオバマ政権では敵国の支援に回されたりしている。ヒラリーになったらもっと税金が上がるという。やってられるか。どうせ税金をとられならアメリカのために使ってほしい。今の中国や日本との貿易はフェアじゃない」等々。

軍楽隊が国家の演奏をはじめる。ほとんどが白人だが、国歌を独唱するのはなんとアジア系の軍人。そのあと、インド系のドラマー「ラヴィ・ドラムズ」によるソロ・ドラム・パフォーマンスに乗せて50州の名前が次々に投影される。(ここではドラムセットに書かれたYAMAHAの文字がスクリーンにかなり大きく映っていて、「米国第一」のはずなのに大丈夫かな、と余計な心配をしていたら、だんだん映らなくなっていった。ちなみにあとで「ピアノ・ガイズ」が演奏するピアノもスタンウェイではなくヤマハ製だった。)そしてソウルの大御所で黒人のサム・ムーアと、黒人合唱隊による『アメリカ』。「ソウル・マン」で知られるムーアは今年81歳。かつて公民権運動に参加したこともあるというムーアは、「みんなで手を携えて新たな大統領と一緒に働いていかなければならない」という声明を発表している。

この日の参加アーティストと、参加に関する声明については以下を参照。
http://www.vulture.com/…/donald-trump-inauguration-performe…

ここまでは一見すると、人種問題にかなり配慮しているように見える。だが全体を通して見れば、「有色」のアーティスト(「多様性」担当の)をいわば前座扱いでなるべく早めに出しておいて、後半の盛り上がりは白人のアーティストで作っていくことを正当化する戦略があることが分かる。その後に出演するのは主に南部のカントリー歌手で、最後はモルモン・タバナクル合唱団。歴史的経緯から、モルモン教徒には黒人はかなり稀で、この名高い合唱団にも黒人メンバーは360人中数人しかいない。タバナクル合唱団はかつてニクソン、レーガン、ブッシュ父子の就任式にも参加している。

たしかカントリー歌手の一人の歌のなかで「白人だとか黒人だとかで、なぜお互い傷つけあうのか?」というのがあったが、非対称性をもった関係を「お互い(each other)」という表現で語るのが微妙だと思ったら、帰り道に「黒人もヘイトクライムを煽っている」というメッセージTシャツを着た白人の男性を見かけた。

米国は「国家のために国民一人一人が命を捧げる」ことを可能にする近代的ナショナリズムの表象体系を最も早く築き上げた国でもある。とりわけコンサートの後半では、このイデオロギーを個人の自発的意志として語る歌が多かった。

カントリー歌手リー・グリーンウッドの『ゴッド・ブレス・ザ・USA』は準国歌とも言われる歌で、トランプ陣営のキャンペーンにも使われていた。最も盛り上がった場面の一つ。

「今日ここで暮せるという幸運の星に感謝しよう
自由のために立つ旗は 誰も奪えはしない

アメリカ人であることに誇りを持つ
とにかくここは自由だから

忘れてはならないだろう
私に自由を与えるために亡くなった人たちを

喜んで立ち上がろう
今日アメリカを守るために君に続こう
だってこの国を愛しているのは間違いないのだから

合衆国に神のご加護あらんことを」

(翻訳は以下より)
http://igusa.doorblog.jp/archives/27930048.html

この日出演した最大のビッグネームはオクラホマ州出身のカントリー歌手トビー・キース。キースはブッシュ、オバマのためにも歌っていて、トランプを祝福するのと同時に「バラク・オバマの8年間の奉仕に感謝する」とも述べている。イラクやアフガニスタンでも米軍のために200回以上歌ってきたという。

なぜ神はとりわけアメリカ合衆国を祝福するのか。合衆国大統領は「グローバル・リーダー」だという大統領就任式チェアマンのトム・バラックの演説、トビー・キースの軍人だった父に捧げる歌や最後のタバナクル合唱団による「リパブリック讃歌(グローリー・ハレルヤ)」などを聞いて、その論理がちょっと腑に落ちた気がする。なぜならアメリカ人は身を賭して(この国の国民の、時には世界の)自由のために戦っているからだ。「神の真理が前進していく」ために。アメリカ人は自分たちが自由でいられるために戦って死んでいった軍人たちを敬わなければならない。そして世界の人々も。

「主が人々を聖きものとするため死したように、我らを人々を自由にするため死なしめよ
そして神は進み続ける

栄光あれ、栄光あれ、神を称えよ!(Glory, glory, hallelujah!)
主の真理は進み続ける

世界は主の御足台となり、時の[悪しき]魂は主のしもべとなる
我らの神は進み続ける」
(「リパブリック讃歌」抜粋、邦訳は以下より)
https://ja.wikipedia.org/…/%E3%83%AA%E3%83%91%E3%83%96%E3%8…

後ろにいたテキサスから来たという70代の白人男性はティム・ラシュロー(元リトル・テキサス)の「ゴッド・ブレス・テキサス」で涙を流していたが、ニューヨーク育ちのトランプがやたらと南部のカントリー歌手を持ち上げるのもちょっと奇妙な話ではある。このコンサートでは、なかなか出演してくれるアーティストが見つからない、というのが話題になっていた。特に若い世代のアーティストは名前の知られたアーティストがほとんど出演していない。「ラヴィドラムズ」が三回目に登場した際には、「もう見飽きた」ということなのか、周囲からブーイングの声も聞こえた。

1/21に予定されているウィーメンズ・マーチの方が、「大物」アーティスト(基準にもよるが)の登場が見込まれている。2009年のオバマ就任時のウェルカム・セレブレーションにはビヨンセ、ブルース・スプリングスティーン、U2、スティーヴィー・ワンダー、ボン・ジョヴィなどが出演して40万人を集めたのに対して、今回の来場者数は1万人程度だった。
http://www.independent.co.uk/…/donald-trump-inaugural-conce…

このあたりで気になるのは、この国における表象の寡占をめぐる問題だ。記者の友人から、ワシントン・ポストやニューヨーク・タイムズなど大手の新聞はほとんど民主党支持で、共和党支持の重要なニュースメディアはFOXニュースくらいだ、という話を聞いた。これは今回の大統領選挙でトランプ当選を予想した大手メディアがほとんどなかった理由の一つでもある。

ニューヨークやワシントンD.C.やハリウッドのリベラルなメディア関係者の多くには、メディアを通じて国民を先導しているという意識を持っている一方で、中西部や被都市部の住民の多くは、マスメディアは自分たちの思いを代弁してくれない、と感じているのだろう。この構造がトランプ当選の背景にあるのだとすれば、反トランプ派が「トランプの就任記念イベントにはほとんど大スターが登場せず、観衆も大して集まらなかった」と言い立てることは、この溝を深めることにしかならないようにも思う。

大統領就任式記念コンサートと表象の寡占という問題 へのコメントはまだありません

ニューヨーク、ワシントンDC、北京 2017年1月21日

2017118

ニューヨークからワシントンDCへ。大統領就任式とウィーメンズ・マーチの見学に。明日1/19にはウェルカム・セレブレーション、1/20に就任式、そして1/21にはプロテストの意味も込めたウィーメンズ・マーチがある。ニューヨークの一月の舞台シーズンが一段落したので、こちらの方が見ものが多いのではないかと思った。

もう一つの目的は、米中文化交流のキーパーソンの一人、北京の舞台芸術制作会社ピンポン・プロダクション創立者のアリソン・フリードマンに会うこと。

http://pingpongarts.org/founder/

アリソンとは二年前のインドネシアン・ダンス・フェスティバル(ジャカルタ)で一度会っていて、一週間ほど前にニューヨークで再会した。アリソンはDC出身で、この時期にDCにいて、ウィーメンズ・マーチに向けて、多くの友人が泊まりにくると聞いて、一緒にご実家に泊めていただくことになった。

ワシントンDCはニューヨーク同様にかなりリベラルな土地柄で、民主党の地盤。アリソンのお母さんは「「ノードラマ・オバマ」と呼ばれた物静かなオバマが好きだったんだけど、ワシントンの雰囲気も変わるかもね」とおっしゃっていた。

アリソン・フリードマンはオバマやクリントンの娘と同じ中学・高校シドウェル・フレンズ・スクールに通い、中国語をはじめた。夏休みに六週間日本に滞在し、利賀村で鈴木忠志によるギリシャ悲劇を観て、広島の原爆記念館で献花とスピーチをしたこともあるという。(ちなみにオバマは娘サーシャをこの高校につづけて通わせるため、あと二年はDCに住みつづけるらしい。)

そしてブラウン大学卒業後にフルブライト奨学生として北京の国立舞踊学校に留学し、その後DCのケネディ・センターで、舞台芸術で米国と中国とをつなぐ活動をつづけている。アリソンが製作元になった北京のダンスカンパニー「タオ・ダンスシアター」やワン・チョン主催の薪伝実験劇団は世界各地で公演をつづけている。

最近北京につづいてニューヨーク事務所を開設。今はワシントンDC事務所開設のため、こちらに滞在している。

ピンポン・プロダクションの活動が米中文化交流において重要なのは、米国はヨーロッパ諸国のように文化省をもたないためでもある。米国では連邦政府は文化芸術にはなるべく口も手も出さない、というのが国是となっている。そのため、フランスのアンスティテュ・フランセやドイツのゲーテ・インスティチュートなどに匹敵するほど積極的に米国文化を発信している政府系の組織はない。

中国の観客は外国で起きていることへの関心が高いため、劇場は競って外国の作品やアーティストを招聘しようとしているが、その際には渡航費や輸送費をカンパニー・アーティスト側で負担することを要求する場合が多い。西ヨーロッパ諸国であれば、政府系の助成金でそれを賄えるケースが少なくないが、米国の場合には個別のケースごとに財団や企業や個人などに資金提供を依頼するほかない。そのためもあり、中国で米国の舞台作品を観る機会はヨーロッパに比べると少ない。

日本でもこれは米国の舞台作品を観る機会が比較的少ない理由の一つとなっている。外国公演のための助成金がないわけではなく、たとえば以前SPACでネイチャー・シアター・オヴ・オクラホマ『ライフ・アンド・タイムズ』を招聘した際にはACCが助成してくださった。ピンポン・プロダクションも何度かACCの助成を受けている。米国の場合には助成の母体があまりに多様で、プロセスも基準も団体により全く異なるので、部外者には仕組みが分かりにくい、というのが最大の問題だろう。

一方中国では、米国の大学がかなり積極的に文化の発信に動いている。最大の目的は留学生の獲得。そういえばNYU(ニューヨーク大学)パフォーマンス・スタディーズ科のシェクナーの授業では、20人ほどの受講生のうち10人くらいが外国生まれで、うち5人は中国生まれだった(残りはイラン人が二人、韓国人、カナダ人、メキシコ人といったところ)。米国の大学では学費が高いかわりに奨学金制度が充実しているが、外国人学生は基本的に数万ドルの学費を定価で払わなければならない。訪問研究員として受け入れてもらっているCUNY(ニューヨーク市立大学)演劇科シーガル・シアター・センターでは、中国からの訪問研究員が四人いた。上海戯劇学院にはパフォーマンス・スタディーズを教える「リチャード・シェクナー・センター」があり、さらにCUNY演劇科のマーヴィン・カールソンの名前を冠した「マーヴィン・カールソン・シアター・センター」も設立されている。

ニューヨークでは数多くの中国人留学生や中国出身のアーティストに出会ったが、みんな英語がよくできて、米国の先鋭的な芸術への関心が高い。彼女ら(演劇・芸術系では女性が圧倒的に多い)、彼らが帰国してから10年後、20年後の中国は、だいぶ様変わりしているのではないか。一方日本からの留学生にはあまり出会っていない。

中国では2015年に教育相が「西側の価値観」を排除するよう通達を出したこともあったが、米国の作品を紹介する場合、米国を批判するようなものであれば受け入れられる可能性が高いという。幸い、米国は米国を批判する作品には事欠かない(これが米国の面白いところでもある)。そういえばCUNY演劇科の中国からの訪問研究員のうち二人まではアフリカンアメリカン文学を研究していた。二人によれば、中国の米国研究者のなかでは比較的ポピュラーな主題だと言っていたが、今にして思うと、なるほど、と思わないでもない。

DCでは何年か前に中国語と英語半々で授業を行う公立の幼稚園・小学校ができた。それも、大半は特に中国系ではない白人や黒人の子どもが、4歳から中国語で社会科や算数の授業を受けている。アリソンは10歳児のクラスで中国出身の先生が早口でまくしたてるのに学生がふつうにうなずいているのを見て驚いたという。オバマの娘サーシャが中国語を学んでいたのは知られているが、DCには子どもに中国語を学ばせたいという親が一定数いるらしい。ピンポン・プロダクションのワシントン事務所ではこの学校と提携して、中国のアーティストとのワークショップなどを行う予定だという。

トランプ政権が始動する前から、米中外交は先行きが見えにくくなっているが、「国」同士の関係だけ見ていると、この先何が起きていくのかを見誤るかも知れない。

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アメリカンズとアメリカーノス メキシコ舞台芸術ミーティングENARTES 2017年1月9日

では、米墨国境の向こう側は今、どうなっているのか。
TPAMで出会ったエレノさん、ニューヨーク大学パフォーマンス・スタディーズ科で出会ったディエゴさんに勧められて、昨年12月にはじめてメキシコ舞台芸術ミーティングENARTES(Encuentro de las Artes Escénicas)に参加させていただいた。
 
ENARTES (Encuentro de las Artes Escénicas), 12/6-12, La Ciudad de México
http://fonca.cultura.gob.mx/enartes2016-presentacion/
 
ENARTESがはじまる前日にメキシコシティに到着したので、国際交流基金メキシコ事務所の州崎勝所長にメキシコの演劇事情についてお話をうかがった。日本とメキシコの間の演劇交流はあまり多くないそうだ。近年では、パパ・タラフマラや維新派の公演はあったが、メキシコの演劇人が日本で公演した例はほとんど聞かない。佐野碩は メキシコ近代演劇の父とされ、近年メキシコの大学でも研究は盛んに行われているものの、今のメキシコの演劇人の間でよく知られているとはいいがたい。ダンスの日墨交流はもう少し多い。室伏鴻さんをはじめ、舞踏の方々が何人もメキシコを訪れていて、メキシコのダンス界にも大きな影響を与えている。
 
州崎所長から、メキシコの映画やテレビ、舞台で俳優として活躍なさっている室川孝博さんをご紹介いただいた。現在メキシコ演劇界で活動している日本人は、日系メキシコ人を除けば、ほとんど他にいないという。メキシコでは、立派な国立・公立の劇場はたくさんあるものの、そこにパーマネントに劇団が付属しているという例はまずない。多くの場合、フリーで活動している演出家や俳優が集まって作品を作っている。舞台ではまず食べていけないので、テレビや映画の仕事の合間を舞台に出演している俳優が多いが、それでも舞台で活躍することで初めて真の「俳優」として認められる、という傾向はある、とのこと。
 
メキシコは制度的革命党が1929年以来、2000年~2012年の十数年を除き、直近一世紀の大半にわたって政権を握っている(党名の変更はあったが)。制度的革命党はキューバなど社会主義諸国と交流を保つ一方で、経済的には資本主義的なシステムを取り入れ、米国との取引を増やして経済を活性化させる、という複雑な舵取りを行ってきた。「メキシコの不幸は、アメリカ合衆国の隣にあることだ」などと言われたりもするが、そのせいもあって、ラテンアメリカ諸国では最も経済的に発展した国の一つでもある。米国の側からはメキシコから米国に来る移民が注目されるが、実は他のラテンアメリカ諸国からメキシコに来る移民も数多い(米国への入国が目的の場合も少なくないが)。
 
社会主義国では、旧ソ連や中国のように、国立劇場が劇団を持ち、国立演劇学校がそこに人材を提供する、というシステムを採っていた国が少なくないが、米国は全く逆に、国が直接に劇場や劇団を作るということを極力避けてきた。国立の劇場はあるが劇団はないメキシコは、ある種中間的な仕組みともいえる。今回の舞台芸術ミーティングENARTESは国立芸術基金FONCA(Fondo Nacional para la Cultura y las Artes)が主催し、今回が8回目になる。舞台芸術の発信には力を入れているようだ。今回訪れた国立の劇場設備は全て、かなり充実したものだった。メキシコでは今年の12月16日、国家文化芸術審議会(CONACULTA)が改組されて文化省が創設された。だが経済危機の余波もあり、文化予算は逆に縮小されてしまったという。
 
ENARTESがはじまってみると、まずは米国からの参加者が多いのに驚かされた。オースティンで出会った方だけでも、10人近く再会できたのではないか(オースティンに来ていたラテンアメリカ出身の方も少なくなかったが)。しかも米国やカナダからの参加者のほとんどがスペイン語が堪能。スペイン語が母語でない人でも、仕事やプライベートで何度もラテンアメリカを訪れているようだ。カリフォルニアから来ていたアジア系のプロデューサーも「カリフォルニアで生きていくにも少しくらいはスペイン語ができないとね」とのこと。シカゴ出身のキューバ系のアーティストから、「数年前からキューバの劇団とコラボレーションをしていて、シカゴの大学生を毎年キューバに連れて行ってワークショップをやっている」という話を聞いたのにも驚いた(長年に渡って、キューバ系以外のアメリカ人がキューバに渡航するのには大きな制限があった。キューバへの学生の渡航は2011年に可能になったらしい)。
 
200人ほどのプレゼンター(作品を招聘する側の参加者)のうち、アジアからは私を含め5人。他には、やはり舞台芸術ミーティングを手がけている韓国のKAMSから2人、シンガポールのダンスフェスティバルから2人。ヨーロッパからの参加者はおそらくスペインの方が数人のみ。アフリカからの参加者には出会わなかった。つまり、圧倒的多数は南北アメリカ大陸の方だった。ラテンアメリカ諸国のなかではかなり作品やアーティストの行き来が多いらしい。
 
六日間で二十本以上のショーケースを見たが、演劇については、魅力的な俳優が多いのが印象的だった。古典を通じてメキシコの問題を語る作品に秀逸なものがいくつか。同性愛やトランスジェンダーを扱った作品も少なくない。メキシコはカトリック教徒が国民の八割以上を占めるにも関わらず、2012年に同性婚が認められている。マヤ人の女性たちが自らの日常を語る演劇作品も。北部国境地帯に住むヤキ族の鹿踊りが、笛まで日本の神楽や鹿踊りに似ていて、これにも驚かされた。
 
ヤキ族の踊り
https://www.youtube.com/watch?v=IVcEUvFHMr4
 
墨米国境の壁を扱った作品もあった。墨米国境は3,000キロに及ぶが、すでにその三分の一にはフェンスが建設されている。米国内にはすでに3,000万人ほどのメキシコ系の住民がいて、メキシコには70万人以上の米国人が住んでおり、世界で最も多くの人が行き来する国境だという。メキシコシティにいると、「経済危機」とは聞くが、米国に比べてそれほど生活水準が低いようには見えず、どうしても米国に行きたい、という事情は理解しにくい。近年のメキシコの失業率は5%以下とかなり低い。物価は庶民的な飲食店であれば米国の半分くらいだが、スターバックス(かなりあちこちにある)ではコーヒー一杯3ドル(60ペソ)くらいするのに、ビジネスマンだけでなく学生の姿も見かける。
 
だが、富裕者層と貧困層、都市と地方の格差がきわめて大きいらしい。国境に近い地方の劇場の芸術監督によれば、地方の農業労働者の賃金は一日1ドル~2ドル程度。それが合衆国側に行けば、不法移民でも一日10ドルくらいはもらえる。(ちなみにニューヨーク市の最低賃金は一時間9ドルで、2019年までに15ドルに引き上げられる予定。)だから命の危険を冒してでも壁を超え、砂漠を越えて、合衆国側に行こうとするのだ、という。
 
しかし「トランプ後」の状況については、多くのメキシコ人にとって、「壁」よりも関税への懸念の方が大きいだろう。NAFTAで関税を免除されていたメキシコ産自動車への高関税導入を掲げたトランプ大統領の当選によって、メキシコペソは急落した。メキシコペソは現在、対米ドルで十年前の半分近くの1ドル=20ペソ近くまで値を下げている。メキシコの自動車産業は世界第七位で、米国や日本メーカーも多く進出している。日本とメキシコは舞台芸術よりも何よりも、自動車産業を通じて、ある程度運命を共有している。そしてメキシコの自動車産業は対米輸出への依存度が高い。とはいえ、捨てる神あれば拾う神あり、なのか、EU離脱を決定した英国がメキシコとの貿易拡大を模索している。
 
Newsweek: BREXIT AND TRUMP MEAN GLOBALIZATION IS CHANGING, NOT ENDING
http://www.newsweek.com/great-brexit-swindle-trump-free-trade-vote-530910?rx=us
 
最終日に少し足を伸ばして、室川さんのご案内でテオティワカン遺跡のピラミッドを観に行ってきた。市内中心部からタクシーとバスを乗り継いで二時間ほど。ナバホの国から来てみると、紀元前後からこのような巨大な建造物があったことに驚く。工芸品を見ても、北米先住民のものとは手間のかけ方も図案の複雑さも全く異なる。ヨーロッパ人がここに来る以前は、むしろこちらがアメリカ大陸の文化的中心だったのだ、ということを実感させられた。
 
なぜこれだけのちがいが生まれたのか。ジャレド・ダイアモンド(『銃・病原菌・鉄』)によれば、今のアメリカ合衆国となっている地域では、農作物となりうる植物がほとんどなく、先住民によって農業が行われていた地域も、メキシコなどで開発されたものが持ち込まれてきてはじまったのだという。石のピラミッドではなく多くのマウント(土塁)を築いたミシシッピ文化は、ヨーロッパからの移民が到達する以前にメキシコからヨーロッパ由来の病原菌が到達したためにほとんどの住民が亡くなり、壊滅してしまったらしい。ナバホの国では、そもそも農業に適した土地も水もかなり限られていて、大きな人口がまとまって定住できるような環境にない。それに対してメキシコシティは、かつては巨大な湖で、何世紀もかけて少しずつ干拓して、肥沃な土と豊富な水を利用して、アステカ帝国の首都テノチティトランとして築き上げられた。
 
ではなぜ、それから数世紀で南北の力関係が逆転してしまったのか。メキシコ独立後の度重なる内乱と、米墨戦争の敗北も大きかったのだろう。メキシコの人口は日本とほぼ同じで、面積は約6倍。経済成長率は2%前後。文化的バックグラウンドの豊かさを見ても、舞台芸術の分野で、これからラテンアメリカ諸国以外でもメキシコの作品が見られる機会は増えていくだろう。
 
舞台芸術においては、アメリカンズとアメリカーノス(アメリカ大陸の英語話者/スペイン語話者)のあいだの相互浸透が進んでいるようだ。この大陸の数十年後の姿を予見しているようでもある。
 
(墨米国境地帯の歴史についてはこちら)
http://yoshijiy.net/2017/01/02/%E3%83%86%E3%82%AD%E3%82%B5%E3%82%B9%E5%B7%9E%E2%80%8B%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%80%81npn%E5%B9%B4%E6%AC%A1%E7%B7%8F%E4%BC%9A%E3%81%A8%E3%80%8C%E3%82%A2%E3%82%A4/
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テキサス州​オースティン、NPN年次総会と「アイデンティティ」 (3)「トランプ後」における「人種」とアイデン 2017年1月4日

(3)「トランプ後」における「人種」とアイデンティティ

このように強固に「多様性」を促進する活動をつづけてきたNPN関係者のなかでは、当然「トランプ後」への懸念も大きい。あるオクラホマ州の劇場の芸術監督は、「うちの理事会では、卓越性という名目のもとに、有名で「売れる」アーティストへの活動に支援を集中させようという動きがある。これからは、共同体に根ざした活動やマイノリティのアーティストの活動の支援がさらに難しくなるのではないか」と話していた。

この劇場の理事会の構成においては、地域コミュニティの人種・ジェンダーバランスを反映する配慮がなされているという。逆に「あなたの劇場には韓国系や中国系の理事はいますか?」と聞かれ、ちょっと考えされられた。

米国の国勢調査では、「人種(race)」や「祖先の民族(ancestry)」について答える項目がある(いずれも自己認識にもとづく)。これがあるから、「(人口構成と比較して)十分に表象されていない(underrepresented)」という言い回しがよく使われるわけだ。日本でこれが難しいのは、まず、国家のなりたち自体が異なるからだ。

アメリカ大陸の国家の多くはヨーロッパの「本国人(スペイン人、ポルトガル人、英国人)」に対して、(主にヨーロッパ系移民の子孫である)植民地生まれの「アメリカ人」が独立した、という形で作られてきた。近代以降において先住民族が主導して国家を作ったという例はない(最近ボリビアなどで先住民族が政治的な主導権を取り戻している例はあるが)。だから、米国の国籍法においては出生地主義(米国内で生まれれば米国国籍が得られる)を基本としていて、民族を問うことは国籍/市民権の正当性とは(原則的には)関係がない。

(とはいえ、大統領選挙中にトランプの有力支持者の一人が、活動的なテログループがあるイスラム諸国からの移民を登録する仕組みを作ると発言し、第二次大戦中の日本人収容を前例として挙げており、トランプ大統領就任後の対応が注目されている。)

http://www.nytimes.com/2016/11/18/us/politics/japanese-internment-muslim-registry.html

大統領選挙直前に上演されていたメキシコ出身のアーティストによる体験型演劇『ドゥモクラシー(Doomocracy、「破滅doom」と「民主主義democracy」のかけことば)』では、観客は車に乗せられ、会場に到着したところで国境警備隊に包囲され、一人一人「お前はアメリカ生まれか?」と尋問される場面があった。この国で市民権を持っているか否かについて、最も決定的な意味をもつのは出生地なのである。

『ドゥモクラシー』劇評

http://www.nytimes.com/2016/10/14/arts/design/review-doomocracy-looms-at-fright-night-in-brooklyn.html

日本においては「民族」を基準とした公式の統計はない。だが、日本の国籍法は血統主義(日本人の父または母から生まれれば日本国籍が得られる)を基本としている。つまり、「日本人」を出生地よりむしろ血統によって規定しているわけで、この背景には民族国家としてのネイションという発想があるはずだ。だが、2008年にアイヌ先住民決議が国会で採択されて以降ですら、そもそも「日本人」を構成する主な民族が「何民族」なのか、についての公式見解すら形成されていない。1986年以降のいわゆる「単一民族発言」において、政治家たちが「大和民族」という言葉を避けてきたのは、そう口にした瞬間に、この国家のなりたちとその正統性をめぐる、かなりややこしい議論に巻き込まれるということを察していたからだろう。中曽根世代までは戦前の複合民族論もよく知っていたはずだ。

結果として、今の日本においては、多くの国民が「何民族」に属しているのかは明確に認識しないまま、「主流にしてほぼ単一の民族に属している」という意識をもつ、という不思議なことになっている。もう少し好意的な表現を使えば、ここ百数十年、とりわけここ数十年で「日本民族」ともいうべき意識が培われてきた、と言ってみることもできる。

Cf. 岡本雅享「日本人内部の民族意識と概念の混乱」2011

http://www.fukuoka-pu.ac.jp/kiyou/kiyo19_2/1902_okamoto.pdf

このなかで、日本国民の一人一人に民族を問うことは、ここ数十年、根本的な問いかけが避けられてきた暗黙の前提を問い直すことになりかねない。また、これから他国籍の在住者や国際結婚の割合が年々増えるなかで、いかに移民や難民に門戸を閉ざそうとも、これらの「前提」がはらむ矛盾に苦しむ人々もこれからいよいよ増えていくだろう。そういった前提を、いかに人を傷つけることなく解きほぐしていけるか、というのも、「日本」と関わっていくアーティストが取り組んでいかざるをえない問いなのではないか。

日米のもう一つのちがいは、米国では、「人種的マイノリティ」と大まかに対応する「有色」という目に見える基準があることだ。良かれ悪しかれ、多くの場合、「白人」でない、ということは一目で分かる。(ただし「ヒスパニックあるいはラテン系」は「白人」と「有色」の二つのカテゴリーにまたがっている。)そしてこれがかつての社会構造のなかの階層とある程度対応するために、差別が生まれ、それに対抗する動きも生まれた。

日本の場合、たとえば日本の広告においてはいわゆる西洋系のモデルが使われている比率が人口比に対して明らかに多いので、「日本民族/アジア系が十分に表象されていない」などと言ってみることも可能かも知れない。だが、他国から日本列島にやってくる人々の大多数は東アジアの出身で、「日本人」と外見で明確に区別されるわけではなく、表象の比率について統計を取るのも容易ではない。

米国に来たばかりのときには、この「白人」/「有色人」といった言葉を日常的に聞くことに、けっこう驚いた。以前住んでいたフランスでは今日、「民族」はともかく、「人種」という言葉が使われることは滅多にない。これにはパリを本部とするユネスコの「人種と人種的偏見に関する声明」(1967)の影響もあるのかも知れない。

それでも米国では「人種」なり「白人」/「黒人」/「有色人」なりという言葉を使わざるを得ないのは、「民族」ではあまりに多様すぎるからだろう。ヨーロッパの感覚からすれば、イギリス系、アイルランド系、フランス系、ドイツ系、ギリシャ系、ポーランド系、ユダヤ系・・・をすべて「白人」でまとめるのは奇妙に思えるが、それらがそれぞれにアイデンティティを主張しているだけでは、十分な政治的勢力にはなりにくい。さらに「黒人」はといえば、奴隷としてアフリカ大陸から連れてこられてから何世代も経ている人々が大多数で、多くの場合にはすでに祖先の出自も言語も宗教も分からなくなっている。

一方、フランスでこの種の言葉が使われないのにはもう一つ理由がある。フランスは革命以来、人種・民族による差別を、「区別を設けない」という方法で排除しようとしてきた。たとえば、フランスにおいては法律で民族や宗教を基準とした統計を取ることが禁じられている。

Cf. “Quatre questions sur les statistiques ethniques”, Le Monde

http://www.lemonde.fr/les-decodeurs/article/2015/05/06/quatre-questions-sur-les-statistiques-ethniques_4628874_4355770.html

だからといって、フランスで就職などで出身による差別がないわけではない。イスラム系やアフリカ系の名前で履歴書を出すと、そうでない場合よりも返事が来る可能性がずっと低い、といった実験結果もある。だが、そもそも人種・民族別に統計を取ることができないので、アファーマティヴ・アクション(積極的格差是正措置)が採られることもない。フランスの演劇界においては、これまで国立劇場や国立演劇センターの芸術監督に「有色」のアーティストが就任した例は(「有色」の人々が多数を占める海外領土を除けば)まずなかった(その意味で今年ワジディ・ムアワッドがコリーヌ国立劇場の芸術監督に就任したのは意義深い)。

一方米国では、公民権運動やゲイリベレーション運動で、「マイノリティ」が団結することで政治的な発言権を得る、という動きが重要になった。フランスの「反共同体主義」は、このような動きを徹底的に排除するものでもある。米国は「差別」を徹底的に顕在化させることで解決しようとし、フランスは逆に徹底的に不可視化することで解決しようとしてきた。どちらにしても、メリットだけでなく弊害も出てきている。

アファーマティヴ・アクションとしての文化表象政策の問題の一つは、人口比を超えること、つまり特定のコミュニティを大きく超えることが想定されにくいことだろう。そうなった瞬間、それはむしろ「過剰な表象(overrepresentation)」となってしまう。

たとえば以下の記事によれば、2014年のハリウッド映画に出演した俳優のうち、白人が73.1%、黒人12.5%、アジア系5.3%で、マイノリティの出演は今なお圧倒的に少ない、という論調になっている。だが、同年の米国の人口統計によれば、白人72%、アフリカンアメリカン13%、アジア系5%で、偶然とは思えないほど数字が一致している。

http://www.pbs.org/newshour/rundown/30000-hollywood-film-characters-heres-many-werent-white/

以下の記事によれば、ハリウッドのプロデューサーたちもかなりこの割合を意識しているようだ。

http://deadline.com/2015/03/tv-pilots-ethnic-casting-trend-backlash-1201386511/

いずれにしても、少なくとも数字だけを見るのであれば(「どう表象されているか」は別として)、アジア系は全体の5%表象されていれば「十分」だ、といういい方もできる。

そして、「普遍的価値があるから」ではなく、「特定のコミュニティの価値観が十分に反映されていないから」表象すべき、という論理は、普遍性を目指すことなく、特定のコミュニティにしか向けられていない表象を擁護するものともなりうる。

今の米国の状況を見ていると、「アイデンティティ」という概念が社会を寸断し、政治的な袋小路へと導いているようにも見える。米国の多文化主義の文脈において、アイデンティティを尊重する、という表現がよく使われてきた。近年はこれが逆転させられ、「危機に瀕しているヨーロッパ系白人のアイデンティティを守ろう」という話も出てきている。

重要なトランプ支持イデオローグの一人、リチャード・B・スペンサーが提唱する「アイデンティタリアニズム」は、レイシズムやナショナリズムの言説をある程度回避しつつ、「文化的アイデンティティ」の尊重を訴える。(このアイデンティタリアニズムはヨーロッパ政治においても重要な言説形態になりつつあり、マリーヌ・ル・ペンの国民戦線もこれに近い路線を取っている。)白人による民族国家の建設を主張するスペンサーは、来日時に「日本は国民国家なので多様性の問題が無く平和で素晴らしい」と語っていたという。

スペンサーに関する記事

http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2016/09/20-17.php

http://www.huffingtonpost.jp/2016/12/12/alt-right_n_13578834.html

最近「有色の人々(People of Color)」あるいは”BME”(Black and Minority Ethnic)、”BAME”(Black, Asian and Minority Ethnic)の代わりに、ときに”PGM”(People of the Global Majority、世界的多数派)という表現も使われるという。たしかにアフリカ系・アジア系を含む「有色人種」は世界的には「白人」よりも多い。トランプ支持者のなかには、白人がマジョリティではなくなっていく状況への危機感もある。少なくとも「人種」という側面で見れば、「マイノリティ/マジョリティ」という二項対立自体が政治的機能を変容させつつある。

「アイデンティティ」には、「人種/民族」と並んで、「セクシュアル・オリエンテーション(性的指向)/ジェンダー・アイデンティティ(性別の自己認識)」(Sexual Orientation and Gender Identity, SOGIと略されたりもする)が重要な要素として取り上げられる。NPN/VPNの会合で使われる名札には、自分に使ってほしい「性別人称代名詞(gender pronoun)」を書く欄がある。ここでは「性別に中立な代名詞(たとえばhe/sheの代わりにtheyなど、この場合theyは意味的には単数になる)」を使う方も少なくない。

英語における「性別に中立な人称代名詞」の使い方について

http://rindalog.blogspot.com/2015/05/gender-neutral-pronoun.html

https://uwm.edu/lgbtrc/support/gender-pronouns/

Themの使用を求めるアーティストill Weaver

https://emergencemedia.org/blogs/news/80985604-they-statement-of-nonconformity

この二つの「アイデンティティ」がクローズアップされるようになったのには、1960年代以降の黒人公民権運動とゲイリベレーション運動が大きかったわけだが、結果的として、人種とセクシュアリティによってカテゴリーが縦横に寸断されることにもなる。「アイデンティティ/自己同一性」とは、自己をあるカテゴリーに属するものとして規定することで、多数者と分断しつつ、限定された接点を形成するものだ。

だが、「自己」がたまたま既成のカテゴリーと一致することはありえない。そもそも、自己があるカテゴリーに属するということは、ある虚構を受け入れることに他ならない。自分は「日本人」だ、とみなすときにも、「日本人」という実体があるわけではなく、文脈によってさまざまに規定されうる分断のあり方を受け入れているに過ぎない。また「同性愛者/異性愛者」だ、とみなしたとしても、それは「同性」あるいは「異性」というカテゴリーに属するあらゆる人を愛することを意味するわけではないし、愛することができるのは未来永劫そのカテゴリーに属する人のみだ、ということが保証されるわけでもない。そこでなされるのはむしろ、同じカテゴリーに属する他の人々との連帯の表明であろう。

だから、「アイデンティティ(自己同一性)」よりもむしろ「アイデンティフィケーション(自己同一化)」について語るべきだろう。実際になされるのは自らを既存のカテゴリーと一致させようとする過程であり、「アイデンティティ」を一致がすでに存在している静的状態とみなしてしまえば、実態を見誤ることになる。

冒頭で長々とテキサスとメキシコの歴史に触れたのもそのためだ。「自己同一化」は自己をなんとかして固定された一点に係留しようとするが、歴史はつねに動いている。ネイションへの「自己同一化」は、過去の忘却と現在に含まれている未来の否認によってしか達成されない。

近年の米国の舞台芸術はアイデンティティ・ポリティクスと深く結びついてきた。表象の操作をめぐって長年手と手を携えてきた近代芸術と近代政治はアイデンティティという概念と相性がいい。人間を「アイデンティティ」という観点から見ることは、その断面の一つを拡大して見ることであり、それは舞台芸術の機能の一つでもある。そして、それを名付け、カテゴリー化し、連帯を形成することで、政治的な力も発生しうる。そこで「表象の過小(underrepresentation)」を「拡大された表象(overrepresentation)」へと転換する可能性も備えている。だが、政治が発明したカテゴリーを追認しているに過ぎない場合もある。そろそろ、芸術は政治に引きずられるのではなく、政治より一歩先に歩みを進めなければならないのではないか。

ダムタイプの故古橋悌二さん(ACCグランティーでもあった)が、こんな話をしていた。

「人間は「個人」なんだから、第一のアイデンティティにセクシュアリティをわざわざもってくることはないと思う。セクシュアリティとかは付随してるもんだから、レズビアンでもゲイでも、それが自分のアイデンティティだっていうふうに、盾をつくっちゃうんじゃなくて、それだとどんどん人間の壁をつくっていくだけだから。まず個人というのがあって、それに付随しているなかのひとつに、レズビアンとかゲイとか、職業とか、背が高い、とかがくる。だから、まず、個人の、ひとりの人間の身体というのを考えた方がいいかな。レズビアンとかゲイとかいっても、それは自分がつけた意味じゃなくて、社会がつけた意味でしょう。だからそういうのにとらわれているのは損。」

http://cloverbooks.hatenablog.com/entry/2015/05/30/190659

古橋さんは、性的指向にもとづくアイデンティティは分断のためではなく接点の一つとして使うべきだ、と考えていたのではないか。自分の一日の生活を思い浮かべてみれば、そのなかで人種・民族やセクシュアリティが他の人々との接点あるいは分断面となっている機会は限られていることに気づくだろう。接点となっているのはむしろ仕事かも知れないし、趣味かも知れないし、住んでいる地域や家族関係かも知れない。もちろん人は限られた仕事をし、限られた趣味を実践し、限られた地域に住み、限られた家族・友人関係を生きているのだが、それは必ずしも人を分断しているわけではない。分断が生じるのは、そこに対立的で相互排除的なカテゴリーが導入されるときだ。

NPN/VANを含め、多くの非営利芸術組織の長年の活動が実り、米国の舞台芸術における人種や性的指向による表象格差はある程度是正されつつある(当事者にとってはまだ十分とは思えないだろうが)。だが一方で、これらのカテゴリーに属さない社会的問題に焦点が当たりにくくなっているようにも見える。たとえば近年では経済格差や雇用の問題が直接扱われる作品はそれほど多くないが、人種や性的指向とは別に、そういった問題を焦点にして連帯を形成することも可能だし、ある程度必要だろう。(一、二世代前の社会主義的運動としての演劇への反動もあるのだろうが。一方で今年は工場労働者に焦点を当てた『汗(Sweat)』のヒットがあり、ブロードウェイでの上演が決まったという。)だが、それ以上に重要なのは、排除を条件としない連帯のあり方を見出すことではないだろうか。

リン・ノテージ『汗』

http://publictheater.org/en/Tickets/Calendar/PlayDetailsCollection/16-17/Sweat/

フランスの普遍主義においては、理念的にはそれができているはずなのだが、逆にそれが個別の次元で起きている差別を不可視化している部分もある。ここ数十年で米国が培ってきた「アイデンティティ」へのほとんど微視的な視線は、それとは異なる、より個別の差異に寄りそった普遍主義を生み出す可能性を持っているのかも知れない。

参加した最後のイベントとなったワークショップがなかなか面白かった。「有色のアーティストと周縁化されたアーティストのためのナショナル・チェックイン」という題名で、説明を読んだだけでは何をするのか想像もつかなかったが、「トランプ後に有色のアーティストが経験した傷を癒やそう」という話らしい。

現在「有色の」アーティストたちが置かれている状況についてディスカッションをしたあと、目を閉じて、ファシリテーターの声を聞きながら歩いてみる。「自分のホームだと思うところに向かって歩いてみてください。そこでは、あなたにとって大事な人が待っています」「そこから、なるべく遠くまで、旅に出てみてください」「行き着いたところ、そこを新たなホームだと思ってみてください」「一人ぼっちでさびしかったでしょう。気がつけばあちこちから人が来て、町ができてきています。近くの、一緒に町をつくる仲間たちを手で触れて、感じてみてください」「町にはまだまだ人がやってきます。一人ずつ手をつないで、そこにいるみんなとつながってみてください」・・・。

参加者たちはこれを一万二千年前のことだと思っただろうか。それとも、もっと最近のことだと思ったのだろうか。

テキサス州​オースティン、NPN年次総会と「アイデンティティ」 (3)「トランプ後」における「人種」とアイデン へのコメントはまだありません
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