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アメリカンズとアメリカーノス メキシコ舞台芸術ミーティングENARTES 2017年1月9日

では、米墨国境の向こう側は今、どうなっているのか。
TPAMで出会ったエレノさん、ニューヨーク大学パフォーマンス・スタディーズ科で出会ったディエゴさんに勧められて、昨年12月にはじめてメキシコ舞台芸術ミーティングENARTES(Encuentro de las Artes Escénicas)に参加させていただいた。
 
ENARTES (Encuentro de las Artes Escénicas), 12/6-12, La Ciudad de México
http://fonca.cultura.gob.mx/enartes2016-presentacion/
 
ENARTESがはじまる前日にメキシコシティに到着したので、国際交流基金メキシコ事務所の州崎勝所長にメキシコの演劇事情についてお話をうかがった。日本とメキシコの間の演劇交流はあまり多くないそうだ。近年では、パパ・タラフマラや維新派の公演はあったが、メキシコの演劇人が日本で公演した例はほとんど聞かない。佐野碩は メキシコ近代演劇の父とされ、近年メキシコの大学でも研究は盛んに行われているものの、今のメキシコの演劇人の間でよく知られているとはいいがたい。ダンスの日墨交流はもう少し多い。室伏鴻さんをはじめ、舞踏の方々が何人もメキシコを訪れていて、メキシコのダンス界にも大きな影響を与えている。
 
州崎所長から、メキシコの映画やテレビ、舞台で俳優として活躍なさっている室川孝博さんをご紹介いただいた。現在メキシコ演劇界で活動している日本人は、日系メキシコ人を除けば、ほとんど他にいないという。メキシコでは、立派な国立・公立の劇場はたくさんあるものの、そこにパーマネントに劇団が付属しているという例はまずない。多くの場合、フリーで活動している演出家や俳優が集まって作品を作っている。舞台ではまず食べていけないので、テレビや映画の仕事の合間を舞台に出演している俳優が多いが、それでも舞台で活躍することで初めて真の「俳優」として認められる、という傾向はある、とのこと。
 
メキシコは制度的革命党が1929年以来、2000年~2012年の十数年を除き、直近一世紀の大半にわたって政権を握っている(党名の変更はあったが)。制度的革命党はキューバなど社会主義諸国と交流を保つ一方で、経済的には資本主義的なシステムを取り入れ、米国との取引を増やして経済を活性化させる、という複雑な舵取りを行ってきた。「メキシコの不幸は、アメリカ合衆国の隣にあることだ」などと言われたりもするが、そのせいもあって、ラテンアメリカ諸国では最も経済的に発展した国の一つでもある。米国の側からはメキシコから米国に来る移民が注目されるが、実は他のラテンアメリカ諸国からメキシコに来る移民も数多い(米国への入国が目的の場合も少なくないが)。
 
社会主義国では、旧ソ連や中国のように、国立劇場が劇団を持ち、国立演劇学校がそこに人材を提供する、というシステムを採っていた国が少なくないが、米国は全く逆に、国が直接に劇場や劇団を作るということを極力避けてきた。国立の劇場はあるが劇団はないメキシコは、ある種中間的な仕組みともいえる。今回の舞台芸術ミーティングENARTESは国立芸術基金FONCA(Fondo Nacional para la Cultura y las Artes)が主催し、今回が8回目になる。舞台芸術の発信には力を入れているようだ。今回訪れた国立の劇場設備は全て、かなり充実したものだった。メキシコでは今年の12月16日、国家文化芸術審議会(CONACULTA)が改組されて文化省が創設された。だが経済危機の余波もあり、文化予算は逆に縮小されてしまったという。
 
ENARTESがはじまってみると、まずは米国からの参加者が多いのに驚かされた。オースティンで出会った方だけでも、10人近く再会できたのではないか(オースティンに来ていたラテンアメリカ出身の方も少なくなかったが)。しかも米国やカナダからの参加者のほとんどがスペイン語が堪能。スペイン語が母語でない人でも、仕事やプライベートで何度もラテンアメリカを訪れているようだ。カリフォルニアから来ていたアジア系のプロデューサーも「カリフォルニアで生きていくにも少しくらいはスペイン語ができないとね」とのこと。シカゴ出身のキューバ系のアーティストから、「数年前からキューバの劇団とコラボレーションをしていて、シカゴの大学生を毎年キューバに連れて行ってワークショップをやっている」という話を聞いたのにも驚いた(長年に渡って、キューバ系以外のアメリカ人がキューバに渡航するのには大きな制限があった。キューバへの学生の渡航は2011年に可能になったらしい)。
 
200人ほどのプレゼンター(作品を招聘する側の参加者)のうち、アジアからは私を含め5人。他には、やはり舞台芸術ミーティングを手がけている韓国のKAMSから2人、シンガポールのダンスフェスティバルから2人。ヨーロッパからの参加者はおそらくスペインの方が数人のみ。アフリカからの参加者には出会わなかった。つまり、圧倒的多数は南北アメリカ大陸の方だった。ラテンアメリカ諸国のなかではかなり作品やアーティストの行き来が多いらしい。
 
六日間で二十本以上のショーケースを見たが、演劇については、魅力的な俳優が多いのが印象的だった。古典を通じてメキシコの問題を語る作品に秀逸なものがいくつか。同性愛やトランスジェンダーを扱った作品も少なくない。メキシコはカトリック教徒が国民の八割以上を占めるにも関わらず、2012年に同性婚が認められている。マヤ人の女性たちが自らの日常を語る演劇作品も。北部国境地帯に住むヤキ族の鹿踊りが、笛まで日本の神楽や鹿踊りに似ていて、これにも驚かされた。
 
ヤキ族の踊り
https://www.youtube.com/watch?v=IVcEUvFHMr4
 
墨米国境の壁を扱った作品もあった。墨米国境は3,000キロに及ぶが、すでにその三分の一にはフェンスが建設されている。米国内にはすでに3,000万人ほどのメキシコ系の住民がいて、メキシコには70万人以上の米国人が住んでおり、世界で最も多くの人が行き来する国境だという。メキシコシティにいると、「経済危機」とは聞くが、米国に比べてそれほど生活水準が低いようには見えず、どうしても米国に行きたい、という事情は理解しにくい。近年のメキシコの失業率は5%以下とかなり低い。物価は庶民的な飲食店であれば米国の半分くらいだが、スターバックス(かなりあちこちにある)ではコーヒー一杯3ドル(60ペソ)くらいするのに、ビジネスマンだけでなく学生の姿も見かける。
 
だが、富裕者層と貧困層、都市と地方の格差がきわめて大きいらしい。国境に近い地方の劇場の芸術監督によれば、地方の農業労働者の賃金は一日1ドル~2ドル程度。それが合衆国側に行けば、不法移民でも一日10ドルくらいはもらえる。(ちなみにニューヨーク市の最低賃金は一時間9ドルで、2019年までに15ドルに引き上げられる予定。)だから命の危険を冒してでも壁を超え、砂漠を越えて、合衆国側に行こうとするのだ、という。
 
しかし「トランプ後」の状況については、多くのメキシコ人にとって、「壁」よりも関税への懸念の方が大きいだろう。NAFTAで関税を免除されていたメキシコ産自動車への高関税導入を掲げたトランプ大統領の当選によって、メキシコペソは急落した。メキシコペソは現在、対米ドルで十年前の半分近くの1ドル=20ペソ近くまで値を下げている。メキシコの自動車産業は世界第七位で、米国や日本メーカーも多く進出している。日本とメキシコは舞台芸術よりも何よりも、自動車産業を通じて、ある程度運命を共有している。そしてメキシコの自動車産業は対米輸出への依存度が高い。とはいえ、捨てる神あれば拾う神あり、なのか、EU離脱を決定した英国がメキシコとの貿易拡大を模索している。
 
Newsweek: BREXIT AND TRUMP MEAN GLOBALIZATION IS CHANGING, NOT ENDING
http://www.newsweek.com/great-brexit-swindle-trump-free-trade-vote-530910?rx=us
 
最終日に少し足を伸ばして、室川さんのご案内でテオティワカン遺跡のピラミッドを観に行ってきた。市内中心部からタクシーとバスを乗り継いで二時間ほど。ナバホの国から来てみると、紀元前後からこのような巨大な建造物があったことに驚く。工芸品を見ても、北米先住民のものとは手間のかけ方も図案の複雑さも全く異なる。ヨーロッパ人がここに来る以前は、むしろこちらがアメリカ大陸の文化的中心だったのだ、ということを実感させられた。
 
なぜこれだけのちがいが生まれたのか。ジャレド・ダイアモンド(『銃・病原菌・鉄』)によれば、今のアメリカ合衆国となっている地域では、農作物となりうる植物がほとんどなく、先住民によって農業が行われていた地域も、メキシコなどで開発されたものが持ち込まれてきてはじまったのだという。石のピラミッドではなく多くのマウント(土塁)を築いたミシシッピ文化は、ヨーロッパからの移民が到達する以前にメキシコからヨーロッパ由来の病原菌が到達したためにほとんどの住民が亡くなり、壊滅してしまったらしい。ナバホの国では、そもそも農業に適した土地も水もかなり限られていて、大きな人口がまとまって定住できるような環境にない。それに対してメキシコシティは、かつては巨大な湖で、何世紀もかけて少しずつ干拓して、肥沃な土と豊富な水を利用して、アステカ帝国の首都テノチティトランとして築き上げられた。
 
ではなぜ、それから数世紀で南北の力関係が逆転してしまったのか。メキシコ独立後の度重なる内乱と、米墨戦争の敗北も大きかったのだろう。メキシコの人口は日本とほぼ同じで、面積は約6倍。経済成長率は2%前後。文化的バックグラウンドの豊かさを見ても、舞台芸術の分野で、これからラテンアメリカ諸国以外でもメキシコの作品が見られる機会は増えていくだろう。
 
舞台芸術においては、アメリカンズとアメリカーノス(アメリカ大陸の英語話者/スペイン語話者)のあいだの相互浸透が進んでいるようだ。この大陸の数十年後の姿を予見しているようでもある。
 
(墨米国境地帯の歴史についてはこちら)
http://yoshijiy.net/2017/01/02/%E3%83%86%E3%82%AD%E3%82%B5%E3%82%B9%E5%B7%9E%E2%80%8B%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%80%81npn%E5%B9%B4%E6%AC%A1%E7%B7%8F%E4%BC%9A%E3%81%A8%E3%80%8C%E3%82%A2%E3%82%A4/

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