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大統領就任式記念コンサートと表象の寡占という問題 2017年1月24日

2017年1月19日

ワシントンDCに来たかったのは、高校時代の同級生が記者としてここに赴任していることを知ったためでもある。

お昼をご一緒して、大統領選についていろいろ伺った。プロレス経験の後にキャラクターが変わったという話もあり、トランプの言動がどこまで「演技」なのかには議論があるらしい。ここまで世界の行く末を左右するパフォーマンスもなかなかないだろう。

今日は午後四時から、リンカーン記念館前で「メイク・アメリカ・グレート・アゲイン!ウェルカム・セレブレーション」がある。

http://www.independent.co.uk/…/donald-trump-inaugural-conce…
https://en.wikipedia.org/…/Make_America_Great!_Welcome_Cele…

ホワイト・ハウス前の通りを「バイカーズ・フォー・トランプ」が爆音でハーレー・ダヴィッドソンを飛ばしていく。ホワイトハウス前からリンカーン記念館までは徒歩で30分くらい。近づくに連れて人が増える。記念公園の入り口で荷物チェック。「バッグを持っている人はこっちの列に!」と叫んでいる女性は「ドナルドがヒラリーに勝利するDonald Trumps Hilary」というティーシャツを着ている。裏には「魔女は死んだThe witch is dead」。

ぱっと見たところ95%以上は白人だが、ごくたまにアジア人も見かける。スペイン語も時々聞こえる。ウィーメンズマーチのバッジをつけた人も。黒人は周囲には数人しかすれ違わなかったが、10人くらいの「ブラックズ・フォー・トランプ」というグループが通りかかると、歓声を呼んでいた。

リンカーン記念館前の客席には招待状を持っている人以外は入れず、それ以外は記念館前に延びる運河沿いに設置されたスクリーンでセレモニーの様子を観ることができる。前座として、「ザ・レパブリカン・ヒンドゥー」というインド系のグループがボリウッド風ダンスを披露している。

午後3:45頃、無名戦士の墓に花輪を手向ける儀式。ジャレド・クシュナー夫妻が出てきたところで大きな拍手。トランプが出てくると「USA、USA!」と連呼。

「バイカーズ・フォー・トランプ」の革ジャンを着た男性が隣の中国系の男性に、なぜトランプを支持するか、経済統計の数字を挙げながら熱く語っている。「俺の年収は4000万ドルだが(注:全然そう見えないのがすごい)、そのうち40%は税金で取られている。それがオバマ政権では敵国の支援に回されたりしている。ヒラリーになったらもっと税金が上がるという。やってられるか。どうせ税金をとられならアメリカのために使ってほしい。今の中国や日本との貿易はフェアじゃない」等々。

軍楽隊が国家の演奏をはじめる。ほとんどが白人だが、国歌を独唱するのはなんとアジア系の軍人。そのあと、インド系のドラマー「ラヴィ・ドラムズ」によるソロ・ドラム・パフォーマンスに乗せて50州の名前が次々に投影される。(ここではドラムセットに書かれたYAMAHAの文字がスクリーンにかなり大きく映っていて、「米国第一」のはずなのに大丈夫かな、と余計な心配をしていたら、だんだん映らなくなっていった。ちなみにあとで「ピアノ・ガイズ」が演奏するピアノもスタンウェイではなくヤマハ製だった。)そしてソウルの大御所で黒人のサム・ムーアと、黒人合唱隊による『アメリカ』。「ソウル・マン」で知られるムーアは今年81歳。かつて公民権運動に参加したこともあるというムーアは、「みんなで手を携えて新たな大統領と一緒に働いていかなければならない」という声明を発表している。

この日の参加アーティストと、参加に関する声明については以下を参照。
http://www.vulture.com/…/donald-trump-inauguration-performe…

ここまでは一見すると、人種問題にかなり配慮しているように見える。だが全体を通して見れば、「有色」のアーティスト(「多様性」担当の)をいわば前座扱いでなるべく早めに出しておいて、後半の盛り上がりは白人のアーティストで作っていくことを正当化する戦略があることが分かる。その後に出演するのは主に南部のカントリー歌手で、最後はモルモン・タバナクル合唱団。歴史的経緯から、モルモン教徒には黒人はかなり稀で、この名高い合唱団にも黒人メンバーは360人中数人しかいない。タバナクル合唱団はかつてニクソン、レーガン、ブッシュ父子の就任式にも参加している。

たしかカントリー歌手の一人の歌のなかで「白人だとか黒人だとかで、なぜお互い傷つけあうのか?」というのがあったが、非対称性をもった関係を「お互い(each other)」という表現で語るのが微妙だと思ったら、帰り道に「黒人もヘイトクライムを煽っている」というメッセージTシャツを着た白人の男性を見かけた。

米国は「国家のために国民一人一人が命を捧げる」ことを可能にする近代的ナショナリズムの表象体系を最も早く築き上げた国でもある。とりわけコンサートの後半では、このイデオロギーを個人の自発的意志として語る歌が多かった。

カントリー歌手リー・グリーンウッドの『ゴッド・ブレス・ザ・USA』は準国歌とも言われる歌で、トランプ陣営のキャンペーンにも使われていた。最も盛り上がった場面の一つ。

「今日ここで暮せるという幸運の星に感謝しよう
自由のために立つ旗は 誰も奪えはしない

アメリカ人であることに誇りを持つ
とにかくここは自由だから

忘れてはならないだろう
私に自由を与えるために亡くなった人たちを

喜んで立ち上がろう
今日アメリカを守るために君に続こう
だってこの国を愛しているのは間違いないのだから

合衆国に神のご加護あらんことを」

(翻訳は以下より)
http://igusa.doorblog.jp/archives/27930048.html

この日出演した最大のビッグネームはオクラホマ州出身のカントリー歌手トビー・キース。キースはブッシュ、オバマのためにも歌っていて、トランプを祝福するのと同時に「バラク・オバマの8年間の奉仕に感謝する」とも述べている。イラクやアフガニスタンでも米軍のために200回以上歌ってきたという。

なぜ神はとりわけアメリカ合衆国を祝福するのか。合衆国大統領は「グローバル・リーダー」だという大統領就任式チェアマンのトム・バラックの演説、トビー・キースの軍人だった父に捧げる歌や最後のタバナクル合唱団による「リパブリック讃歌(グローリー・ハレルヤ)」などを聞いて、その論理がちょっと腑に落ちた気がする。なぜならアメリカ人は身を賭して(この国の国民の、時には世界の)自由のために戦っているからだ。「神の真理が前進していく」ために。アメリカ人は自分たちが自由でいられるために戦って死んでいった軍人たちを敬わなければならない。そして世界の人々も。

「主が人々を聖きものとするため死したように、我らを人々を自由にするため死なしめよ
そして神は進み続ける

栄光あれ、栄光あれ、神を称えよ!(Glory, glory, hallelujah!)
主の真理は進み続ける

世界は主の御足台となり、時の[悪しき]魂は主のしもべとなる
我らの神は進み続ける」
(「リパブリック讃歌」抜粋、邦訳は以下より)
https://ja.wikipedia.org/…/%E3%83%AA%E3%83%91%E3%83%96%E3%8…

後ろにいたテキサスから来たという70代の白人男性はティム・ラシュロー(元リトル・テキサス)の「ゴッド・ブレス・テキサス」で涙を流していたが、ニューヨーク育ちのトランプがやたらと南部のカントリー歌手を持ち上げるのもちょっと奇妙な話ではある。このコンサートでは、なかなか出演してくれるアーティストが見つからない、というのが話題になっていた。特に若い世代のアーティストは名前の知られたアーティストがほとんど出演していない。「ラヴィドラムズ」が三回目に登場した際には、「もう見飽きた」ということなのか、周囲からブーイングの声も聞こえた。

1/21に予定されているウィーメンズ・マーチの方が、「大物」アーティスト(基準にもよるが)の登場が見込まれている。2009年のオバマ就任時のウェルカム・セレブレーションにはビヨンセ、ブルース・スプリングスティーン、U2、スティーヴィー・ワンダー、ボン・ジョヴィなどが出演して40万人を集めたのに対して、今回の来場者数は1万人程度だった。
http://www.independent.co.uk/…/donald-trump-inaugural-conce…

このあたりで気になるのは、この国における表象の寡占をめぐる問題だ。記者の友人から、ワシントン・ポストやニューヨーク・タイムズなど大手の新聞はほとんど民主党支持で、共和党支持の重要なニュースメディアはFOXニュースくらいだ、という話を聞いた。これは今回の大統領選挙でトランプ当選を予想した大手メディアがほとんどなかった理由の一つでもある。

ニューヨークやワシントンD.C.やハリウッドのリベラルなメディア関係者の多くには、メディアを通じて国民を先導しているという意識を持っている一方で、中西部や被都市部の住民の多くは、マスメディアは自分たちの思いを代弁してくれない、と感じているのだろう。この構造がトランプ当選の背景にあるのだとすれば、反トランプ派が「トランプの就任記念イベントにはほとんど大スターが登場せず、観衆も大して集まらなかった」と言い立てることは、この溝を深めることにしかならないようにも思う。

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