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日本における「演劇」というフレームワークについて 2018年7月28日

日本における「演劇」というフレームワークについて

(「舞台芸術」のフレームワーク問題についてのメモ)

日本において「演劇/theatre」をコロニアルなフレームだと考えるのは、厳密には正確ではないかもしれない。このフレームワークを取り入れた時代、日本はむしろ積極的に「列強」に肩を並べ、植民地を持つ側に歩みを進めていた。のちには植民地の住民がこのフレームワークを取り入れる契機を作ることともなった。(この意味で「コロニアルな」フレームワークではあった。)

そして能や歌舞伎が「演劇」と見なされたことで、このフレームワークがコロニアルなものと見なされる契機はほぼ失われた。これは日本の「演劇」界でポストコロニアリズムが定着しなかった理由の一つでもあるだろう。

だが、それによって「伝統演劇」と「現代演劇」との間に連続性を形成することには必ずしも成功していない。旧植民地が「先進国」を追い越そうとする今日の世界で「演劇」という日本語のフレームワークについて考えるには、もう一度、自分がどこにいるのか、どちらに歩みを進めようとしているのかを見つめ直す必要がある。 

東京デスロック+第12言語演劇スタジオ『가모메 カルメギ』を見て。

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