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アエイの時間 2026年2月26日

上演の場には複数の時間が流れている。観客の体の時間、出演者の体の時間、物の時間、物語の時間、記憶の時間・・・。ドラマ的演劇は物語の時間のみを特権化し、観客がこれだけに集中する空間を作ろうとしてきた。そして物語の時間を出演者の体の時間と一致させようと試みてきた。

だが、そこで歌が歌われると、それだけで時間が複層化してしまう。歌が歌われるときには歌が作られたときと歌われたときの二つの時間が共存し、さらにそれは記憶に沈殿して再度歌われることを要求する。伝ホメロス『アポロン讃歌』(Homeric Hymns, Hymn 3 to Delian Apollo)では、アポロンを讃えて歌い踊る者たちは神々のように「永遠に(αἰεί)不老不死の身」であるかのように思われるだろう、と詩人が合唱隊に歌わせている。神々の偉業を存在させ、人々の口に上らせ、何世代もの記憶に留めておくのは、歌を歌い継ぐという行為であり、それは同時にそれを歌う共同体を永続させようとする行為でもある。「いつまでも、つねに、永遠に」を意味する「アエイ(ἀεί/αἰεὶ)」という副詞は、このように古代ギリシアの合唱歌で、いわばメタ歌唱的な文脈で、よく使われている。

歌は歌う出演者の体の時間、それを聞く観客の体の時間と共振し、「アエイ」の時間を現在化させ、記憶の時間を呼び覚まし、時として人間がいなかった時代、もう人間がいないであろう時代にまで思いを至らせる。歌唱劇という形式は、ドラマ的演劇が失ってしまったこの複層的時間性を取り戻す手段となりうる。

(先週末はatelier uni étude1『果てしない部屋』、ホエイ『メヤクダ』、座・高円寺劇場創造アカデミー14期生修了上演『十一人の少年』等を拝見しました。)

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カテゴリー: 世界演劇