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ハバナ滞在記(3) キューバの舞台芸術事情 2017年3月17日

ようやく少し、舞台の話も。キューバの舞台芸術製作事情について。劇場は基本的に国営で、俳優やダンサーは基本的に文化省から給料をもらっている。というと、旧ソ連・東欧や中国のような共産圏の国立劇場システムを思い浮かべてしまうが、よく聞いてみると、だいぶ事情が異なる。

ハバナで「国立劇場」といえば、アリシア・アロンソ・ハバナ大劇場(Gran Teatro de La Habana «ALICIA ALONSO»)。主にオペラやバレエを上演している。1915年、莫大な建設費がつぎ込まれて落成した巨大で華やかな建築。今はキューバを代表するバレリーナ、アリシア・アロンソの名が冠せられ、オペラやダンスやクラシック音楽を中心とする劇場となっている。アリシア・アロンソは72歳まで現役で、目が見えなくなっても『カルメン』などを踊りつづけた。今では95歳になっているが、なお劇場に足を運びつづけている。目が見えなくても、振付家に意見を聞かれると、「今日はあのダンサーのステップが違った」などと指摘するという。ガイドツアーに参加したら、オペラの練習風景も見ることができた。ガイドさんが若手のオペラ歌手だそうで、ときどき歌を口ずさんでいるのを聞いてリクエストしたら、よく響くホワイエで短い曲を歌ってくれて、うれしかった。今回は残念ながらここでは作品が見られなかった。

アリシア・アロンソ

ハバナ大劇場

アリシア・アロンソが立ち上げたバレエ・カンパニーは1955年に「国立バレエ団」となった。同様に、キューバの演劇界では、劇場が先にあるのではなく、まずは「劇団」らしい。その劇団が自ら劇場を作ったり、既存の劇場をカスタマイズして使ったりして、活動が成功したものは、国がその劇場を「国立劇場」として支援したり、新たに劇場を貸し与えたりする。今回話を聞くことができた劇団の多くは、国営の劇場の一つを占有使用している。

一番典型的かつ重要な例はテアトロ・ブエンディーア(Teatro Buendía)だろう。ブエンディーアは2012年にロンドンのグローブ座で37カ国からシェイクスピアの37作品を上演したワールド・シェイクスピア・フェスティバルで『(もう一つの)テンペスト』を上演している。この劇団は1980年代に演出家フロラ・ラウテン(Flora Lauten, director)と劇作家ラケル・カリオ(Raquel Carrió)によって創立。フロラはキューバ革命直後、1960年にミス・キューバとなり、革命政権の宣伝のために世界中を回った経験があって、キューバでは有名人だ。ラケルは1976年にハバナの国立芸術大学演劇科の創立に関わり、フロラとはそのときから一緒に仕事をしている。演劇科の卒業生が舞台に立てる場を作るためも考え、廃墟となっていたギリシア正教会を、元学生たちとともに改修して劇場にしていた。だが昨年、隣の大木が朽ちて倒れ、屋根と給水タンクが壊れてしまい、復旧の見込みは立っていないという。

劇団が公演する際には、劇場と衣裳製作費等、一定の製作費が与えられるが、数百CUC程度。多くの場合、それだけでは足りないので、それ以外にもスポンサーを探すことになる。たとえばテアトロ・エル・プブリコの公演の場合、ノルウェー大使館やドイツ大使館の他、いくつかのお店などかがスポンサーになっている。俳優もダンサーも、月給は20CUC(=20USドル)前後らしい。基本的には副業をせずに、なんとかその仕事のみで生活をしているという(どうやって?と思わないでもないが・・・)。ダンスの方が観客は多く、ダンサーは比較的仕事があるが、演劇の場合には仕事を見つけるのはそれほど容易ではない。ダンサーは30代後半になると、生活に不安を感じて、外国に行ってしまうケースが少なくないという。演劇の場合はダンスよりも年齢に見合った仕事が見つかりやすく、米国では言葉の問題もあるために、ダンサーよりも国外に出ることが選択肢とはなりにくいのだろう。

キューバ演劇は、今回知った限りでは、米国と違ってほとんどリアリズム的な演技が見られず、その意味ではむしろヨーロッパ的な感じがする。劇団制度があって、一応生活が保障されているため、俳優のレベルというか、作品への打ち込み度も米国よりも高い印象がある。全て国営なのに、かなり体制批判的な作品も作られているのが、ちょっと不思議な気もする。中国などのように脚本を事前検閲する制度はない。テレビの検閲は厳しいが、演劇はマスメディアではないので、かなりセンシティブな問題に触れることも比較的容認されているという。批評家が専門家としての立場でそれを支持することで、政府も内容に介入しにくくなっている。マスメディアが触れられないことに触れられるからこそ、人気劇団の公演は何ヶ月もにわたって毎週末満員になっているのだろう。ただし、内容によって上演中止になることはある。作る側は、だいたいどれくらいまでなら大丈夫か、よく分かっているらしい。今回唯一実際に見ることができたテアトロ・エル・プブリコの新作『ハリー・ポッター』(!)は、オバマ、トランプ、ヒラリーが出てきて、キューバ政治への強烈な皮肉もあり、政治的にもセクシャルな表現についても、かなり過激な作品だった。なんで『ハリー・ポッター』なんだ?と演出家のカルロス・ディアスに聞いてみたら、「キューバで生きていくには魔法が必要なんだ」とニヤリ。たしかに・・・。

カテゴリー: ACC キューバ

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