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テキサス州​オースティン、NPN年次総会と「アイデンティティ」 (2)NPN/VANの国際的ミッションと米国の未来 2017年1月2日

2016/12/27

NPN/VANはアメリカ国内の70の組織が参加するクローズド・ネットワーク。日本やヨーロッパでは「ナショナル」というと政府関連の機関のように思ってしまいがちだが、米国においては「政府は文化芸術に口を出さない」という原則があるので、「全国規模の」というような意味だと思えばわかりやすいのだろう。

だが、それ以上に、米国においては、そもそも国家というものは国民一人一人のイニシアティヴで作っていくものだ、という了解がある。その意味では、これも「国立」という言葉の意味と重なるところはある。NPN/VANも、参加/メンバー団体がボトムアップのイニシアティヴで作ってきた組織だ。日本のJCDN(Japan Contemporary Dance Network)は、NPNでインターンをした経験がおありの佐東範一さんが、これをモデルにして作られたという。

1985年にNPN/VANが作られた最大の目的はアーティストの国内ツアー/モビリティを促進すること。米国はあまりにも大きく、「国内」ツアーにしても、たとえばニューヨークからフェニックスまでは6時間のフライトになるし、ニューヨークから比較的近いワシントンDCやボストンでも、飛行機に乗らずに行こうと思うとかなり時間がかかる。

今回この会合に参加してみて気づいたのは、ニューヨークでは他の州で作られた作品を見る機会がきわめて限られているということだ。カリフォルニアなど西海岸の作品どころか、東海岸の他の都市の作品ですらそれほど上演されていない。ニューヨークでは、場合によってはカリフォルニアの作品を呼ぶよりも、ヨーロッパの作品を呼ぶ方が、助成金なども考慮すると安くつく場合すらあるという。

NPNは全米組織としてニューオリンズにある本部が大型の助成金を定期的に獲得しメンバーに配分することで、ツアーを組みやすくしている。また、レジデンシーツアー(ツアーの際には各地に一週間滞在して教育プログラムなども行うようにする)、定額報酬制など、プレゼンターとアーティストが密接かつ対等の関係を築くためのきめ細かい仕組みが作られてきた。

メンバーとなっている「パートナー組織」が助成金を確実に使えるように、固定メンバー制を採っている。パートナー組織は地域、文化背景、運営規模などのバランスを考慮して選ばれていて、ニューヨーク州からは70団体中、Performance Space 122など5団体。50州のなかでは比較的多いともいえるが、ニューヨークから来ると、圧倒的多数のそれ以外の地域の人々と一度に出会えるのは得がたい機会だった。

パートナー組織となるには、地域バランスだけでなく、NPNの理念も共有しなければならない。理念として真っ先に上げられているのが「社会的・人種的公平性(Social and racial justice)」。人種的・性的マイノリティが芸術分野において十分に表象されていない現状を変えていく、というのが、設立以来の理念となっている。

発足準備の会合をしたときに、その場に集まったのが白人ばかりだったのを見て、​アフリカ系、アジア系、ネイティブ・アメリカン、ラテン系などの団体にも声をかけ、孤立しがちな地方で活動するマイノリティのアーティストを支援することも活動に含めるようになった。

NPNの会合では、人種的・性的マイノリティ差別を排除するためのガイドラインが設けられている。米国に永住していないアジア人として参加してみて、多くの方が議論や会話に参加できるように促してくれるのがありがたかった。

NPN/VANは2016年度、226のプロジェクトに対して180万ドルを助成(マッチングファンドによるレバレッジ効果370万ドル)、30万人の観客・参加者に作品等を提供。

助成対象となった1,000人のうち62%は「有色のアーティスト(artists of color)」だったという。

さらに文化的多様性を促進するために、ラテンアメリカ・カリブ海とアジアに関しては、双方向の国際交流プログラムを実施している。それぞれ「パフォーミング・アメリカス・プログラム(PAP)」、「アジア・エクスチェンジ」と名づけられている。前者はすでに15年前から実施されていて、24人のラテンアメリカ・カリブ海のアーティストを米国で、同じく24人の米国のアーティストをラテンアメリカ・カリブ海でツアーを実施してきた。

後者は2010年にはじまり、韓国のKAMS(Korea Arts Management Services)、日本のJCDN、ON-PAM、アーツNPOリンクをパートナーとし、国際交流基金、日米友好基金、KAMSの支援を受けて、日韓のアーティストの米国ツアー二回、米国のアーティストの日本における滞在制作を三回行ってきた。

今年は関かおりさんがシカゴで滞在制作を行っている。「アジア・エクスチェンジ」をめぐるセッションではKyoto Experimentの橋本裕介さん、Dance Boxの岩本順平さん(横堀ふみさんが原稿を執筆なさったという)が東アジア・東南アジアの舞台芸術状況に関する紹介もあった。それぞれ、アジアのアーティストたちとのこれまでの共同作業の実績を踏まえ、明確なヴィジョンを提示するもので、質疑応答も活発だった。

これらのプロジェクトには、ラテン系・アジア系のバックグラウンドをもつ米国在住のプロデューサーやアーティストがもつ知見やネットワークを活用する、という意図もある。「パフォーミング・アメリカス・プログラム(PAP)」はマイアミ在住でキューバ系のエリザベス・ダウドさんがコーディネーターとして活躍していて、後者についてはカリフォルニアを拠点とする吉田恭子さんの存在が大きい。(今回私に声をかけてくださったのも、ON-PAM会員でもある吉田さんだった。)

オースティンという町は、今や第二のシリコンバレーとも言われ、急速な発展を遂げている。あるセッションでは、オースティンをモデルとして、ジェントリフィケーションによって、古くから街に住んでいた有色人種(ヒスパニック系とアフリカ系が多い)の貧困層が中心部から立ち退きを余儀なくされていく、という問題をどう解決すべきかについて議論していた。

(参考)TEDxNewYork>貧困層が土地を追われ、よそ者が街を支配する… アメリカで注目を浴びる「ジェントリフィケーション問題」とは

http://logmi.jp/41962

オースティンのNPN/VANのメンバーたちは(自身がヒスパニック系の方も含め)、ここがかつてメキシコの一部だったことを強調していた。米墨戦争で獲得・確保されたテキサスからカリフォルニアに至る旧メキシコ北部に「ヒスパニック系(とりわけメキシコ系)」の住民が多いのは、歴史的にも地理的にも、それほど不思議なことではない(テキサス革命時にはすでにメキシコ系よりもアングロサクソン系の住民の方がずっと多かったわけだが)。問題は、移住者によって新たな共同体、新たな文化が創られていくときに、それまであった共同体/文化に対して十分に敬意を払えるか、ということだろう。

劇場などの文化施設は往々にしてこのジェントリフィケーションの原因の一つを作り(場合によってはまさにそれを目的の一つとして創設される場合も少なくない)、またそれによって恩恵を受けるものでもある。そのことにどこまで意識的になれるか。米国のプロデューサーやアーティストたちがこの問題を強く意識しているのは、人口密度と移動性のちがいもあって、日本よりもこのジェントリフィケーションが急激に進行するケースが多いせいなのかも知れない。

ただし、オースティン市全体のここ半世紀の人口動勢を見れば、白人・アフリカンアメリカンの割合が減少し、「ヒスパニックあるいはラテン系」とアジア系が増える傾向にある。つまり、もともとヒスパニック系の割合はそれなりに多かったが、近年になっていよいよ増えているわけで、その増加率は白人の増加率よりもずっと高い。

2010年の統計によれば、オースティン市の人種構成は、白人68%(非ヒスパニックの白人49%)、ヒスパニックあるいはラテン系35%(メキシコ系29%、キューバ系5%他)、アフリカンアメリカン8%、アジア系6%、アメリカン・インディアン1%。全米の最新統計(白人72%(非ヒスパニックの白人69%)、ヒスパニックあるいはラテン系13%、アフリカンアメリカン13%、アジア系5%、アメリカン・インディアン1%、2014年)に比べても、ヒスパニック系の多さが際立っている。

現在、いわゆる「マジョリティ=マイノリティ州(Majority-Minority States, 非ヒスパニック系白人以外の「マイノリティ」が多数派になっている州)」はカリフォルニア、ハワイ、ニューメキシコ、そしてテキサスの四州だが、2044年には全米で「非ヒスパニック系白人」がマジョリティではなくなるという予測が発表されている。2050年には米国内のヒスパニック系の人口は倍以上になるとの予測もある。

今回一番熱を帯びていたセッションの一つは、ツアー可能なラテンアメリカの作品を紹介するものだった。マイアミではスペイン語演劇の国際演劇祭も行われているという。キューバの対岸に位置するマイアミでは、スペイン語話者が人口の三分の二以上を占めている。米国のメンバーからもスペイン語で質問が発せられたりする。このオースティンでのNPN年次総会は米国の未来を先取りしているようにも見えた。

マイアミ国際ヒスパニック演劇祭(International Hispanic Theatre Festival of Miami/Festival Internacional de Teatro Hispanico de Miami)

http://www.arshtcenter.org/Tickets/Subscriptions/International-Hispanic-Theatre-Festival/XXIX-International-Hispanic-Theatre-Festival/

カテゴリー: ACC NPN メキシコ 文化政策

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