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南北戦争とインディアン戦争 2026年8月14日

東京ディズニーランドのウェスタンリバー鉄道では、「小屋が燃えています。開拓者の夢が灰になってしまいましたね」というアナウンスの後、バッファローの群れを追う「インディアンの部族」のキャンプが現れる場面がある。マスムード・マムダニ『植民者でもなく原住民でもなく』を読んで、ようやくその文脈がわかった。(以下ではマムダニに倣い、史料に使われている「インディアン」という語を用いる。)

マムダニによれば、今日知られる「居留地」というシステムはリンカーン大統領の時代に確立された。その背景には南北戦争と大陸横断鉄道がある。南軍はチェロキー族に連邦議会における代表権を与えると約束して味方につけようとしていた。南軍とインディアンの同盟を恐れた北軍は多くのインディアンを虐殺し、食料や畑を焼いた。ナバホ族は土地を追われ、最長450マイル(約720キロ)にわたって強制的に徒歩で移住させた。この「ロングウォーク」とその後の収容生活で2,000人以上が亡くなった。その後協定が結ばれ、ナバホ族は連邦政府が定める居留地体制のもとに置かれた。

さらに並行して、西部に追いやられていたインディアンを虐殺し、あるいは居留地に閉じ込めることで大陸横断鉄道が敷設されていき、白人植民者たちが多くの豊かな土地を手に入れることとなった。リンカーンは1863年の連邦議会での演説で連邦政府が140,000エーカーのインディアンの土地を手に入れたことを誇っている。翌年にはそれ以上の成果を挙げた。リンカーンは、白人とインディアンは共存できないと考えていた。なぜなら、インディアンたちは大地を耕してパンを作ることを知らないし、白人は「人種として、赤い同類たちのように、お互いに戦って殺し合うような傾向を持ってはいない」からだ、という。白人が西部に移住するとともにインディアンとバッファローは大幅に減少した。だが、依然としてインディアン諸部族の権利への配慮が鉄道延伸の障害となっていた。1871年、連邦議会は「独立国家independent nations」とみなして条約を結ぶ仕組みを廃止する。こうしてインディアンの主権は失われた。

マムダニはこのアメリカ合衆国において作られた居留地システムとナチスドイツのユダヤ人政策やイスラエルにおけるパレスチナ人人政策を同じ「恒久的少数者」を作るシステムの系譜上に置いて論じている。

「危険なインディアン」への視線が再生産されることで、「平和を望む私たち」が「安全」に暮らすために、「恒久的少数者」を排除するシステムが強化されていく。このシステムから抜け出すようなアトラクションを作ることはできないものだろうか。

(Mahmood Mamdani, Neither Settler Nor Native, Belknap, 2022 [Harvard University Press, 2020], p. 59-62)

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カテゴリー: アメリカ先住民

幸せだと思い込んでいる人にも演劇を 2026年7月1日

幸せだと思い込んでいる人にも演劇を見せなければならない、らしい。
カシミール・シヴァ派の哲学者・美学者で生きながら解脱したとされるアビナヴァグプタ(10世紀〜11世紀)は、『ナーティヤ・シャーストラ(演劇典範)』注解で、演劇鑑賞を妨げる七つの障碍の一つとして「自己の幸福など(の感情)に支配」されることを挙げている。そういう人は他の事柄に無関心になってしまうので、楽器の演奏や歌、「芸能に巧みな遊女などによって観客の注意を惹きつけるという方法をとる」のだという。
アビナヴァグプタは観劇によって「全ての生類を抱擁しているかのような、ブラフマンの味わい」を経験させることができると考えていた。
(上村勝彦『インド古典演劇論における美的経験』より)

・・・もうちょっと普及活動も頑張らなければ、と思いました。

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カテゴリー: アジアの舞台芸術

味わいがないと意味がない

「味わい(rasa)なしでは、いかなる意味も現れない」。古代インドの演劇論『ナーティヤ・シャーストラ(演劇典範)』(第6章)のなかで、この言葉に出会って、はっとした。これまで、自分がいかに西洋的な演劇観、言語観に馴染んでいたのか、気付かされた。「はじめに言葉があった」という世界であれば、言葉にはもともと意味があったのかもしれない。だが、はじめにあったのが物質であり、身体であったとすれば、話は別だろう。

ヒトは食べて生き残り、子孫を残すために言葉を話す。そして食べるものを見分けるために味覚をもつ。「見分ける」という言葉自体、視覚優位主義の産物で、生き物としては「味わい分ける」ほうが「見分ける」よりも根源的なはずだ。「味わい分ける」とは、生き抜くうえで必要なものを選り分けることである。

演劇も詩も、言葉全般も、「味わい」がなければ意味がない。逆にいえば、私たちが生き抜くために、よりよく生きるために必要な言葉があり、詩があり、演劇がある。それを「味わい分ける」ことができるのは、身体をもち、日々なんとか生き抜いているヒトだけだ。なんだか当たり前のことだが、このことを忘れさせてしまおうとする言葉の奔流に呑まれないようにするためにも、味わいのある言葉が発せられる場所を大事にしていきたい。

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カテゴリー: アジアの舞台芸術

台新芸術賞審査会

台北で第24回台新芸術賞の審査に参加させていただいたのですが、その選考過程がとても贅沢で、驚きました。9人の候補作品選定者(提名観察人/nominators)が一年かけて100~200作品ほどの舞台と展覧会等を観て評を書き、四半期に一度集まって最初の候補作品リストをつくっていきます。評の一部は、台新銀行文化芸術基金会が主催する芸術批評サイト「ART TALKS」で発表されています。今回は、そうして作られた最初の候補作品リスト(long list)が108作品となり、そのなかから議論を重ねて、最終候補作品(short list)として16作品が選ばれたとのことでした。
最終審査には、台湾から候補作品選定者2人、批評家2人、そして「国際審査員」が私を含め3人(他の2人はスウェーデンとアメリカ合衆国から)の計7名が参加し、台新銀行文化芸術基金会の事務局長(執行長/Executive Director)とともに3日間かけて視覚芸術賞、舞台芸術賞、大賞の3賞を審査しました。これだけの時間をかけて議論できる審査会は、これまで経験したことがありませんでした。各作品については、詳細な資料とビデオが中国語・英語の二カ国語で用意されており、それらをあらかじめ読み込み、視聴したうえで審査会が始まり、初日には候補作品選定者たちが各作品の紹介をしてくれます。夜にはノミネートされたアーティストたちとのパーティーも開かれ、直接疑問点を尋ねることもできます。3日目に受賞作品が決まると、その場で審査員の一人が授賞理由案を書き、審査員全員で中国語と英語の二カ国語で議論しながら授賞理由テクストを仕上げていきます。
昨日の授賞式で、各賞が発表されたときのどよめきを聞いて、改めてこの賞の重要性を実感しました。受賞者の一人は「10年以上一度もノミネートされなかったけれど、初めてのノミネーションで受賞できて感無量だ」という趣旨のコメントをされていました。視覚芸術賞と舞台芸術賞の賞金は各100万元(約500万円)、大賞は150万元(約750万円)と、金額的にも大きな賞ですが、それ以上に、この賞を受賞したことによる社会的な認知や評価の高まりが非常に大きいようで、とりわけ舞台芸術に関しては「台湾でこれほど影響力のある賞は他にない」とも耳にしました。(昨年、「台北演劇賞(臺北戲劇獎/Taipei Theatre Awards)」も創設されています。)
最終日の国際審査員によるトークの司会は、国家文化芸術基金会(財團法人國家文化藝術基金會/National Culture and Arts Foundation)の方がしてくださいましたが、同基金会でも批評の言葉を大事にしているようです。同基金会のウェブサイトにも批評セクションが設けられており、編集担当者が批評家に依頼して定期的にレビューを書いてもらうだけでなく、批評テクストの公募も行っているそうです。そして、編集担当者が掲載に値すると判断したテクストには原稿料を支払い、サイト上に掲載しているとのことでした。こうして作品をめぐる議論を活性化することで、観客にとっては作品を選ぶ手がかりとなり、アーティストにとっても活動を続ける励みになるうえ、企画書などを書く際に引用できるテクストが蓄積されていく、と話されていたのが印象的でした。
台湾の審査員の方々との議論を通じて、今回の候補作品一つひとつについて、いかに厚みのある議論が積み重ねられてきたかを実感しました。こういう全然意見が違う人たちが時間をかけて議論をする仕組みが台湾の民主主義を支えているんだな、と思いました。日本で助成や賞の制度設計に関わっておられ、台新芸術賞や台新銀行文化芸術基金会、国家文化芸術基金会の活動に関心をお持ちの方がいらしたら、担当の方におつなぎすることもできますので、どうぞお気軽にお知らせください。

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舞台芸術公園の本当の主役は 2026年5月24日

今年のSHIZUOKAせかい演劇祭、全く個人的なハイライトは、舞台芸術公園の草木の管理をしてくださっている山本章さんがBIOTOPEの東南アジアと日本の劇作家に向けてお話しくださったことでした(非公開の小さなイベントの話ですみません・・・)。山本さんに初めてお目にかかったのは、2007年にSPAC制作部で働きはじめたときだったと思います。毎日木や竹を切ってくださっている方と、事務所でお休みされているときにおしゃべりするようになり、SPACの元専務理事とうかがって、驚きました。山本さんは県庁職員として鈴木忠志さんに出会い、齊藤滋与史知事(1986–2001在任)のもとでSPAC創立に関わることになります。鈴木忠志さんは、国際的に発信できるような舞台芸術をつくるためには常設の劇団が芸術総監督のもとで劇場施設を専有使用できるようにすることが必須であるとおっしゃり、山本さんたちは予算を確保し、劇場や条例を整備して、1999年のシアターオリンピックスまでにその体制を作り上げました。山本さんは舞台芸術には縁もゆかりもなかったようですが、国内だけでなく世界各地の劇場を視察して勉強し、県庁や県議会との調整をされてきたとうかがいました。もう20年近く前にお話をうかがったとき、「なんでそんなにがんばれたんですか?」と尋ねたら、「自分の子どもたち、孫たちに本物を見せたかったから」とおっしゃっていました。それ以来、この言葉を胸に刻んで仕事をしてきました。
今回は舞台芸術公園についてのお話が印象的でした。日本平の開発が進み、里山の風景が失われることを危惧して県が土地を購入したところに、ちょうどSPACの構想が持ち上がったのだそうです。当時の齊藤知事は大昭和製紙社長も務められた実業界出身の方ですが、清水に火力発電所を建設する計画がもちあがったとき、「玄関にかまどをつくりますか?」とおっしゃって阻止されたとのこと。山本さんは、「外国の方がここにいらっしゃるとき、ここがすばらしいとおっしゃってくださるのをよく聞いてきました。演劇祭期間中は、たくさんのアーティストがここにいるので、アーティストが主役のように見えるかもしれません。でも、ここがすばらしいのは、何世代にもわたってこの里山の風景をつくってこられた方々がいるからなんですよね。だから、本当の主役は、ここに住んでいる方々なんです」とおっしゃっていました。山本さんはそんな思いで今でも舞台芸術公園の整備をしてくださっているんだな、と感じました・・・。
私は縁もゆかりもないところから静岡に来て、20年近く静岡のすてきな方々に育てていただいています。少しでも静岡の風土を肥やすことができればと改めて思いました。

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続きは思いがけないほうからやってくる

「続きは思いがけないほうからやってくる」。でも、「わたしたちが待っているのは、わたしたちなんだ」。(Qui som?—わたしたちは誰?)
自分でもなんだかよくわからないようなことをやっているうちに、気がつけば新しい景色が見えていることがあります。今年のSHIZUOKAせかい演劇祭では、たくさんの方と再会し、たくさんの方と初めて出会うことができたような気がします。なんだか楽しい2週間でした。劇場に、街に、公園に足を運んでくださったみなさん、遠くで見守ってくださったみなさん、本当にありがとうございました。またお目にかかったら、ご感想等お聞かせくださいね。


« La suite vient d’où on ne l’attend pas. » Mais « nous sommes ceux que nous attendons ». (Qui som?)
Parfois, en faisant des choses que nous ne comprenons pas tout à fait, nous découvrons un paysage inattendu. Ces deux semaines ont été remplies de retrouvailles et de rencontres nouvelles, pleines de joie. Je remercie sincèrement celles et ceux qui sont venus au World Theatre Festival Shizuoka 2026, ainsi que celles et ceux qui nous ont suivis de loin. Si nos chemins se croisent quelque part dans le monde, n’hésitez pas à me dire ce que vous en avez pensé.

“What follows comes from where we don’t expect it.” But “we are the ones we’ve been waiting for”. (Qui som? — Who are we?)
Sometimes, while doing things we don’t fully understand ourselves, we suddenly find ourselves looking at a new landscape. At this year’s World Theatre Festival Shizuoka, I had the chance to reconnect with many people and meet many others for the first time. It was a joyful two weeks. Thank you to everyone who came to theatres, streets, and parks, and also to those who supported us from afar. If we meet again somewhere in the world, I’d love to hear your thoughts.

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カテゴリー: 演劇祭

「テアトロン」とは何か 2026年4月20日

古代ギリシア語で劇場を表す「テアトロン」は「そこから見るところ」という意味。だとすれば、古代ギリシア演劇は視覚的なショーだったのか。そして古代ギリシャ文明は視覚優位の文明だったのか。

それは誤解だ、というのが、相変わらず刺激的な恩師フロランス・デュポン先生のご論考。古代ギリシア語の「見るtheaomai, theōreō, etc.」という言葉は「その場に身を置いて立ち会う」という含意があり、聴覚など他の感覚も含め、自らの身体をもって目の前の出来事を受容することを意味する。それに対して「聞くakouō, etc.」という言葉は「他の人から間接的に話を聞く」という含意がある。

例えば、ソフォクレス『トラキスの女たち』では、デイアネイラが涙を流し嘆くのを乳母が「見たkateīdon」と言う。ここでは、自分が実際にそれに立ち会ったという意味。「涙を流し嘆く」という動作は、舞台では仮面を被った男性の俳優が日常会話の発声とはかけ離れた声で歌うことを表している。一方、エウリピデスの『メデイア』において、コロスはメデイアの嘆きがまだ「聞こえるaion」と歌う。ここではメデイアの嘆きは、劇場で聞かれうる嘆きの歌を通り越し、あまりにも非人間的・怪物的なものとなってしまい、間接的な記憶としてしか語れないものになったことを表している。

つまり「テアトロン」とは、観客が自らの体全体でこの非日常的な声に立ち会う場だったのであり、視覚の役割は主には仮面や衣裳によって登場人物を同定するという補助的なものだった。この意味で、「テアトロン」とはライブで、体全体で出来事を感じる場であり、「テオリアtheoria(<theory)」はそれと同じくらい納得してしまうような体験を意味していた。

・・・というわけで、足を運ぶのは面倒ではありますが、ぜひ静岡に「テアトロン」を体験しにいらしてください。宮城聰演出『王女メデイア』、5月2日から6日まで駿府城公園で上演予定です。

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カテゴリー: 古代ギリシア演劇

「アリストパネスとその周辺」、話す口と食べる口 2026年3月28日

昨日の日仏ギリシア・ローマ学会WEBセミナー「アリストパネスとその周辺」はとても面白かった。(以下、ながら聞きのうろおぼえメモなので、間違っていたら教えてください…。)近代以降の自然環境破壊の根源の一つを古代ギリシアのロゴス概念に求め、人間はロゴスによって自然を支配しようとしてきた、というような話が、近年よく語られている。アリストテレスによれば、人間はロゴスをもつ唯一の生き物(『政治学』)。だけどアリストパネスの喜劇を読むと、人間とロゴスの関係はだいぶ違って見えてくる。

例えば、借金を踏み倒すための「ロゴス」を学びに行く話(『雲』)。ここではロゴス≒屁理屈。でもそれを教えて儲けようとする人すらいるらしい。アリストパネスの喜劇では他の動物も人間と同じように話すし、みんな自分なりの理屈に従って生きている。時には人間も他の動物に学ぶべき、という話。

最後は、口と肛門はつながっているという話。人は時として排便するように言葉を吐く。自分が利益を得るために。それを聞いて、藤田恒夫の『腸は考える』を思い出した。動物の基本は口から肛門までつながる腸で、とにかく生き延びるために栄養を取り込むというのが目的。そのために触覚や味覚や嗅覚や聴覚や視覚が必要になり、そのために神経系ができ、脳ができていく。唯脳論ではなく唯腸論で人間を眺めてみれば、言葉を吐く口と栄養を取り込む口は、結局同じ目的を果たそうとしているに過ぎないのかもしれない。

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カテゴリー: 古代ギリシア演劇

アエイの時間 2026年2月26日

上演の場には複数の時間が流れている。観客の体の時間、出演者の体の時間、物の時間、物語の時間、記憶の時間・・・。ドラマ的演劇は物語の時間のみを特権化し、観客がこれだけに集中する空間を作ろうとしてきた。そして物語の時間を出演者の体の時間と一致させようと試みてきた。

だが、そこで歌が歌われると、それだけで時間が複層化してしまう。歌が歌われるときには歌が作られたときと歌われたときの二つの時間が共存し、さらにそれは記憶に沈殿して再度歌われることを要求する。伝ホメロス『アポロン讃歌』(Homeric Hymns, Hymn 3 to Delian Apollo)では、アポロンを讃えて歌い踊る者たちは神々のように「永遠に(αἰεί)不老不死の身」であるかのように思われるだろう、と詩人が合唱隊に歌わせている。神々の偉業を存在させ、人々の口に上らせ、何世代もの記憶に留めておくのは、歌を歌い継ぐという行為であり、それは同時にそれを歌う共同体を永続させようとする行為でもある。「いつまでも、つねに、永遠に」を意味する「アエイ(ἀεί/αἰεὶ)」という副詞は、このように古代ギリシアの合唱歌で、いわばメタ歌唱的な文脈で、よく使われている。

歌は歌う出演者の体の時間、それを聞く観客の体の時間と共振し、「アエイ」の時間を現在化させ、記憶の時間を呼び覚まし、時として人間がいなかった時代、もう人間がいないであろう時代にまで思いを至らせる。歌唱劇という形式は、ドラマ的演劇が失ってしまったこの複層的時間性を取り戻す手段となりうる。

(先週末はatelier uni étude1『果てしない部屋』、ホエイ『メヤクダ』、座・高円寺劇場創造アカデミー14期生修了上演『十一人の少年』等を拝見しました。)

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カテゴリー: 世界演劇

字幕と演劇の二回性 2025年12月25日

聴覚障害者のために日本語字幕をつけた舞台が増えている。それがドラマ的演劇から非ドラマ的演劇への回帰と並行しているようにも感じられる。

ドラマ的演劇にとって、字幕はかなり邪魔な存在だった。全てがその場で起きているかのように演じているのに、字幕の存在がそれを台無しにしてしまう。字幕操作で最もやってはいけないことの一つは、声より先に字幕を出してしまうことである。字幕はあたかも声がその場で自動的に翻訳されているのように出さなければならない。

だが能楽堂に行ってみれば、舞台よりも謡本に目をやりながら舞台に耳を傾ける観客がいたりする。あるいは文楽を観に行けば、太夫が床本を掲げてから見台に置き、語りを聞かせる。これらの舞台では、もちろん「ネタバレ」を気にしたりすることもない。

西洋近代に成立したドラマ的演劇というモデルも、あらかじめテクストが存在するという点については、能や文楽と変わりはない。異なるのは、上演において時間の二重性があることを隠蔽するか否かだろう。生涯演劇について考えつづけた哲学者アンリ・グイエが最晩年に『演劇と二回性の芸術Le Théâtre et les Arts à deux temps』(1989)という著作を出している。ここでは演劇が音楽とともに、創作と上演の二つの時間を必要とする「二回性の芸術」と定義されている。20世紀には演劇の「一回性」について盛んに語られてきた。トーキーの出現によって劇場が次々と映画館になっていった時代には、グイエは演劇の現前性を強調していた(『演劇の本質L’Essence du théâtre』, 1943, 『表象』15「座談会 オンライン演劇は可能か」注10を参照)。だがそれから半世紀を経て、20世紀末にはむしろ二回性に焦点を当てるに至った。たしかに演技術について考えてみれば、一回性の演技が意味を持つのは、むしろ映画だろう。演劇においては一定の再現性をもつ演技を長期にわたる稽古(仏語ではまさにrépétition「繰り返し」と呼ぶ)によって培っていく必要がある。もちろん演技は上演ごとに異なるが、そこにはある程度「同じこと」を繰り返すという意志が存在する。

非ドラマ的演劇の観客は、「同じこと」を繰り返そうとする際に生じる同一性と差異の両方を評価する。ある演者の演技は、たとえばその師や先代の演技を彷彿とさせながら、どこか異なる。そして同一の作品とされるテクストの上演であっても、台詞や身ぶりが異なる場合もある。こういった同一性と差異について評価を下すには、かなりの観劇経験と教養が必要となる。その意味で、このような非ドラマ的演劇のほうが、初めて聞く物語がその場で起きるかのように演じられるドラマ的演劇よりも、長期にわたって育まれた観客層を重視し、より「通人」に権威を持たせるものとなる。逆にいえば、ドラマ的演劇の方が、そのように積み重ねられた文化を共有していない人にもアクセスしやすい。だがドラマ的演劇も、再演を重ねれば、結果的に非ドラマ的演劇のような様相を帯びていくこととなる。

「演出家の時代」の演劇は、この両者のあいだに位置していた。すでに書かれた戯曲の上演という意味では、「二回性の芸術」に他ならない。だが20世紀の演劇学においては、戯曲より上演を重視するイデオロギーが普及していき、上演の一回性が焦点化され、二回性についてはあまり語られない傾向があった。この二回性の隠蔽は弁論術に由来している。

弁論術においては、徹底的に原稿を推敲しながらも、その場で思いついたかのように話さなければならない。原稿を読み上げると聴く者は退屈するし、粗探しをしたくなる。話者がその場で感じいったかのように目を潤ませれば、聴く者は情報や論理よりもその声や表情に影響を受ける。この二回性を隠蔽する技術が、とりわけ18世紀以降、西洋演技論に影響を与え、感情を主な素材とする演技論が形成され、音楽的な形式性を重視する演技形態に取って代わっていった。だが、この感情主義演技論は、舞台よりもむしろ映像における一回性の演技に適しているとも言える。映像において一回性の演技を引き出す手法が発展していくと、舞台では逆に二回性を活かす演技形態を発展させるという戦略も採られていく。近年いよいよストレートプレイよりもミュージカルに観客が集まる傾向が見えるのは、これが一因だろう。

非ドラマ的演劇においては、字幕について、ドラマ的演劇とは異なる考え方が必要になる。オペラにおいてはそのための知見がある程度蓄積されてきたが、あくまで聴者のためのものだった。聴覚障害者を主な対象とする字幕では、近年新たな探求が行われてきている。非ドラマ的演劇の一要素として字幕を捉えれば、もっと字幕の遊び方が広がっていくかもしれない。

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