東京ディズニーランドのウェスタンリバー鉄道では、「小屋が燃えています。開拓者の夢が灰になってしまいましたね」というアナウンスの後、バッファローの群れを追う「インディアンの部族」のキャンプが現れる場面がある。マスムード・マムダニ『植民者でもなく原住民でもなく』を読んで、ようやくその文脈がわかった。(以下ではマムダニに倣い、史料に使われている「インディアン」という語を用いる。)
マムダニによれば、今日知られる「居留地」というシステムはリンカーン大統領の時代に確立された。その背景には南北戦争と大陸横断鉄道がある。南軍はチェロキー族に連邦議会における代表権を与えると約束して味方につけようとしていた。南軍とインディアンの同盟を恐れた北軍は多くのインディアンを虐殺し、食料や畑を焼いた。ナバホ族は土地を追われ、最長450マイル(約720キロ)にわたって強制的に徒歩で移住させた。この「ロングウォーク」とその後の収容生活で2,000人以上が亡くなった。その後協定が結ばれ、ナバホ族は連邦政府が定める居留地体制のもとに置かれた。
さらに並行して、西部に追いやられていたインディアンを虐殺し、あるいは居留地に閉じ込めることで大陸横断鉄道が敷設されていき、白人植民者たちが多くの豊かな土地を手に入れることとなった。リンカーンは1863年の連邦議会での演説で連邦政府が140,000エーカーのインディアンの土地を手に入れたことを誇っている。翌年にはそれ以上の成果を挙げた。リンカーンは、白人とインディアンは共存できないと考えていた。なぜなら、インディアンたちは大地を耕してパンを作ることを知らないし、白人は「人種として、赤い同類たちのように、お互いに戦って殺し合うような傾向を持ってはいない」からだ、という。白人が西部に移住するとともにインディアンとバッファローは大幅に減少した。だが、依然としてインディアン諸部族の権利への配慮が鉄道延伸の障害となっていた。1871年、連邦議会は「独立国家independent nations」とみなして条約を結ぶ仕組みを廃止する。こうしてインディアンの主権は失われた。
マムダニはこのアメリカ合衆国において作られた居留地システムとナチスドイツのユダヤ人政策やイスラエルにおけるパレスチナ人人政策を同じ「恒久的少数者」を作るシステムの系譜上に置いて論じている。
「危険なインディアン」への視線が再生産されることで、「平和を望む私たち」が「安全」に暮らすために、「恒久的少数者」を排除するシステムが強化されていく。このシステムから抜け出すようなアトラクションを作ることはできないものだろうか。
(Mahmood Mamdani, Neither Settler Nor Native, Belknap, 2022 [Harvard University Press, 2020], p. 59-62)
南北戦争とインディアン戦争 へのコメントはまだありません