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ライブとオンラインでは何がちがうのか(2) 学校教育学の佐藤学さん、第四次産業革命と産業としての教育/舞台芸術 2021年11月27日


ライブとオンラインでは何がどうちがうのか。シンポジウム「ライブでしか伝わらないものとは何か? 〜教育、育児、ダンスの現場から考える〜」から、ちがいを説明するための材料をご紹介しています。二回目は学校教育学の佐藤学さんです
「ビジネス」として捉えると、教育と舞台芸術はちょっと構造が似ています。1人の先生が1教室で教えられる人数は限られています。教室が大きくなるほど、授業を聞きながら寝てる人も増えますよね(私もかなり経験あります)。だから教育は舞台芸術と同様に人件費が削りにくく、他の産業が機械化によって効率化するほど、相対的にコストが上がってしまいます(この現象は「ボウモル&ボウエンのコスト病」と呼ばれています)。その費用を国が負担していたとしても、今では多くの国が債務国家となり、いわゆる先進国では高齢化も進み、教育のコストを負担できなくなっていきます。当然そうなると現場にしわ寄せが来ます。
ボウモル&ボウエン「舞台芸術 芸術と経済のジレンマ」では、「(舞台芸術の)実演家というのは、他の経済活動であればぞっとするような経済状態であっても、働く意志のあるひたむきな人であることが多いので、舞台芸術は一般の賃金のトレンドに相対的に鈍感」だといいます。それでもそこに人が集まるのは、「心理所得」というのがあるからだそうです。確かに今、自分の体がやったことによって他人の眼差しが変わるのを直に見ることができる仕事というのはなかなかありません。きっと学校の先生にも、同じようなところがあるのではと思います。
でも佐藤さんによれば、今「教育産業」が飛躍的に成長しているそうです。2011年に400兆円規模だったグローバル教育市場は、2020年には600兆円にまで膨張し、自動車市場の三倍になりました。毎年約14%という他の産業分野を超える加速度的な成長をつづけています。その背景にはICTの導入と民間委託の進行があります。公教育の経費の8割は人件費で、収益が見込める事業ではなかったのですが、IT技術によって収益性の高い事業に変貌していったわけです。公立学校を民営化した企業や業務委託を受けた企業は教員をコンピュータに置き換えることで人員を削減し、利益を上げてきました。そしてコロナ禍によって、日本でも義務教育へのICT導入が急速に進みました。
でも、学校でコンピュータの使用が長時間になると、読解力も数学の成績も下がった、というデータがあるそうです(国際学習到達度調査PISAがOECD加盟国29カ国のデータをもとに2015年にまとめた報告書)。さらに、コロナ禍による学校閉鎖で、米国では授業が五ヶ月間オンラインで代替されたことにより、生徒たちの生涯賃金は600万円以上低下するという試算もあるとのこと。
世界経済フォーラムの報告書「未来の仕事2020」によれば、労働の29%はすでに自動化されていて、2025年には52%の労働がAIとロボットに代替され、労働の中心が人からAIとロボットに移行するとされています。この第四次産業革命では、頭脳労働まで技術化してしまうので、新たに創出される労働のほとんどは現在の労働より知的に高度な仕事になります。今の小中学生が大人になって就く職業のかなりの部分は、機械によって置き換えることができない職業、まだ存在していない職業になっていきます。だから、「コンピュータを使いこなす」だけでは仕事にならなくなっていくわけです。
もちろん、だからといって「コンピュータを使うのはやめよう」という話ではありません。コンピュータを使うほど学力が低下するのは、それを「教える機械(Teaching Machine)」として使うからだ、と佐藤さんはおっしゃいます。佐藤学さんは学校を「学びの共同体」とすることを提唱なさっています。教室では教師が多くの生徒に一方的に教えるのではなく、四人の生徒が机を囲んで課題について話し合い、学び合っていきます(これがコロナ禍によって困難になっているわけです)。その際に、「学びの道具」、「探求と協同の道具」として、今ではタブレットやコンピュータも活用されています。教師や保護者も、学び合いの輪を広げていきます。「学びの共同体」構想は、国内3000校以上で採用されている他、韓国、中国、台湾、シンガポール、インド、インドネシア、ベトナム、米国、メキシコ等々でも導入されているそうです。これらの国で「学びの共同体」が採用された背景には、第四次産業革命への危機感があります。佐藤さんは40年以上にわたり、毎週2、3校のペースで国内外の学校の教室に足を運び、現場の教師や生徒と対話を重ねていらっしゃいます。
舞台芸術も産業としての効率化を目指し、大きな劇場で同じ演目をロングランして収益を上げるモデルを作ってきました。しかし、ブロードウェイですら、産業の機械化が急激に進行した1960年代には経済危機に陥っていきます。これがボウモルとボウエンという気鋭の経済学者2人が舞台芸術の産業構造分析に取り組んだきっかけでした。舞台芸術が「ライブ」にこだわる限り、チケット代を値上げしつつ人件費を圧縮せざるを得なくなる。だからそれを公共財として存続させる必要があるとすれば、公的支援が必要になる、というのが2人の結論でした。
一方で、舞台芸術から派生した映画やテレビは多くの視聴者を得ることで産業として成り立っているわけなので、舞台芸術も映像配信によって一定の収益を得ることは不可能ではないでしょう。音楽の例を見ても、「ライブ」と映像の組み合わせにも、まだまだ模索の余地があるはずです。
しかし、一九三〇年代にトーキーが生まれて以降、「舞台芸術」は「ライブ」のメディアとして再定義され、結果的に「ライブでしか伝わらないこと」を探るメディアになっていきました。ここで培われた技術は、「人にしかできないこと」「人と人のあいだでしか生まれないこと」を探り、「身につける」上で、これからいよいよ重要になっていくでしょう。だとしたら、「効率が悪い」とされている舞台芸術も、これから重要な道具として見直されていくはずです。この先、舞台芸術に携わる者にとっても、「一切コンピュータは使わない」というのは難しいでしょうが、ライブの経験をつくり、分かちあっていくために、それを意識的に「探求と協同の道具」として使いこなしていく必要があるのかもしれません。

佐藤学さんのお話はシンポジウムの12:25〜です。配信は11月30日までの予定です。


コンピュータの使用と学力の話は佐藤さんのインタビューをもとにした朝日新聞の記事「学校1人1台コンピューター 「一見よさそう」の落とし穴」(岡崎朋子、2021年5月25日)、それも含めたICT教育と教育産業の問題点については佐藤学『第四次産業革命と教育の未来 ポストコロナ時代のICT教育』(岩波書店、2021年、とりわけ「3.巨大化するグローバル教育市場」、「5.ICT教育の現在と未来」、「6.学びのイノベーションへ」)で詳細に扱われています。

「ボウモル&ボウエンのコスト病」と今の日本における文化経済学(とりわけ指定管理者制度)の関係については、こんな紹介記事があります。

舞台芸術がライブに特化していった事情については『表象』誌15号「座談会:オンライン演劇は可能か――実践と理論から考えてみる」岩城京子+須藤崇規+長島確+横山義志[兼・司会]で話しています。

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ライブとオンラインでは何がちがうのか(1) 赤ちゃん学の開一夫さん、ライブと映像でのミラーニューロンの反応のちがい 2021年11月22日

舞台芸術関係者のあいだでも、ライブとオンラインでは何がちがうのかということを説得的に言えるような材料がなかなか見つからないようなので、シンポジウム「ライブでしか伝わらないものとは何か? 〜教育、育児、ダンスの現場から考える〜」を企画しました(2021年11月30日まで配信予定)。「でも今忙しいし、二時間も見てるヒマないよ」という方にもぜひ知っていただきたいので、どんな話が出たのか、いくつか紹介しておこうと思います。
この企画で真っ先に思い浮かべたのが赤ちゃん学の開一夫さんでした。ミラーニューロンの反応がライブと映像ではちがうことを実証した方です。最初に開さんのことを知ったのはイアコボーニ『ミラーニューロンの発見 「物まね細胞」が明かす驚きの脳科学』という本でした(ハヤカワノンフィクション文庫、196頁〜。この本にも舞台芸術関係者が知っておくとよさそうな話がたくさんあります)。ミラーニューロンというのは他者の行動を見たときに、自分が行動しているときと同じように反応する脳神経細胞のことで、20世紀末に発見され、DNAに匹敵する発見ともいわれています。ここでこの世界的にも貴重な実験をしたのが日本の研究者だと書いてあって、注を見て検索してみたら、乳幼児向けテレビ番組『シナぷしゅ』や絵本『もいもい』でも有名な赤ちゃん学の第一人者でした。以来、『シナぷしゅ』もよく娘と一緒に見ています。
開一夫さんは『赤ちゃんの不思議』(岩波新書)の「赤ちゃん脳はテレビ映像をどう捉えるか」というところで、この実験について詳しく書いています(154頁〜)。お姉さんがおもちゃを使っている同じ場面をリアルとテレビ映像で成人に見せると、テレビではミラーニューロン・システムがあまり反応しなかったのですが、リアルでは一次運動野周辺が大きく活動しました。開さんによれば、だからこそ、こたつでミカンを食べながら凶悪事件の犯人が登場するドラマを見ることができるのだそうです。人間の脳は「今、ここ」で起きていることとそうでないことを区別して反応しているわけです。
同じ実験を六ヶ月の赤ちゃんで行うと、赤ちゃんではテレビでもミラーニューロン・システムがある程度活動しましたが、やはりリアルのほうがより強く活動しました。別の実験で、赤ちゃんは一〇ヶ月頃までにテレビ映像で見ることが「今、ここ」で起きているわけではないと認識するということがわかっています(73頁〜)。
今回のシンポジウムでは、時間のずれに関する実験も紹介されています。赤ちゃんとお母さんがモニター越しに顔を見合うとき、お母さんの声かけに反応して赤ちゃんがお母さんに笑いかけ、お母さんがほほ笑み返せば、赤ちゃんはお母さんに興味をもちつづけます。ところがお母さんの映像を一秒遅れで映すようにすると、しだいに赤ちゃんは興味を失い、笑いかけることもなくなっていきます(シンポジウムの45:30頃から)。
同じ空間にいて物理的に働きかけてくる可能性があるかどうか(「ここ」性)、同じ時間を生きていて今の自分に対して反応してくれるかどうか(「今」性)に応じて、脳の反応はだいぶちがうようです。自分が微笑んだり、悲しい顔をしても何も変わらないんだと知っているときと、それが影響を与えうると感じているときとでは、私たちの体はだいぶちがう仕方で世界と接しているようです。

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カテゴリー: 文化政策

『アリアーヌ・ムヌーシュキン:太陽劇団の冒険』とリアリズム演技論への問い 2021年10月24日

『アリアーヌ・ムヌーシュキン:太陽劇団の冒険』を見て、今さらながら、この周辺で起きていたことには大きな影響を受けたんだなと思った。歌舞伎や能や文楽に改めて興味を持つようになったのも、留学していた頃にパリの演劇科で、太陽劇団の影響が色濃かったということがあった。自分が西洋演技論史を専門にしたのは、今あたかも普遍的なものであるかのようにみなされている「リアリズム」と呼ばれる演技形式が、特定の地域・時代の特殊な状況のなかで生まれてきたことを示すためだった。この映画のなかでムヌーシュキンは、リアリズムが演劇にとっての最大の危機だと語っている。太陽劇団はインドや日本の演技形態にも普遍性がありうるということを体当たりで示そうとしていた。

太陽劇団の作品や活動のすべてを肯定してきたわけではないが、こういった試みが減ってしまったことはちょっと残念に思っている。いわゆる「リアリズム」的な演技形態や、シェイクスピアやギリシア悲劇のテクストを使うことが「文化の盗用」とされないのは、それに普遍性があるということが前提になっているからだが、これらが普遍的なものとみなされた背景には、植民地時代の政治的・経済的構造がある。ハンバーガーが世界化したからといってその「普遍性」を肯定的に評価すべきとは限らないし、今「エスニックフード」とみなされているものが今後世界化していく可能性は十分にある。

いわゆる先進国においてマジョリティに属するアーティストたちが、植民地支配を受けた国や先住民の文化に目を向けたことは、脱植民地化の一つのステップだった(太陽劇団の場合、ムヌーシュキン自身をはじめ、多くの劇団員が移民層の出身で、マジョリティとも言い切れないが)。それに対して、植民地支配を受けた側や先住民のアーティストたちが「文化の盗用」という批判を向けたのもまた、重要なステップだった。表象の担い手が出自に応じて平等に権利を得られていない状況に対しては、まだまだ取り組まなければならないことがたくさんある。

だがそこには、アイデンティティポリティクスだけでは解決しない問題も少なくない。「普遍」とされるものを疑いながら、「普遍」とされていないものに特定の集団を超える意味を見出すことは、世界の均衡を取り戻すためにまだまだ必要な作業ではないか、などと思いながら、リアリズム演技論の起源について考えつづけている。

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演じること、承認されること 琴仙姫《朝露 Morning Dew – The stigma of being “brainwashed”》 2020年11月9日

「帰国事業」で北朝鮮に一度「帰国」し、脱北して日本に戻ってきた方が200人近くいらっしゃるそうですが、その過去を語ってくれる方は少ないといいます。

明日11/10まで北千住BUoYで開催中の『朝露 日本に住む脱北した元「帰国者」とアーティストとの共同プロジェクト』で上映されている琴仙姫さんの新作《朝露 Morning Dew – The stigma of being “brainwashed”》、圧巻でした。「演じること」に関する作品なのかな、と勝手に思っています。

人は家族や組織、国家といった虚構を日々演じている。自分に与えられた役割を演じることは、時として思いがけない充実感をもたらす。とりわけ、それが集団によって承認されるときには。だが一方で、自分が演じた役が自分を縛っていくこともある。集団で一つの虚構を演じていると、そこから抜け出すのはいよいよ難しくなる。そして一人が役を演じることができなくなっても、芝居はつづいていく。その虚構の全体が破局を迎えるまでは。

これは「大東亜戦争」でも起きたことなんでしょうね。では、今自分たちはどんな役を演じているのか。その渦中にいると、なかなか分からないのですが、もっと考えてみたいと思いました。

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カテゴリー: アジアの舞台芸術

意味を失っていく世界に、手仕事で挑む 『紫気東来—ビッグ・ナッシング』の世界 2020年11月4日

「東京芸術祭ワールドコンペティション2019」の授賞式で、ジュリエット・ビノシュ審査員長が「最優秀作品賞は戴陳連の『紫気東来—ビッグ・ナッシング』」と発表したとき、あっけにとられた観客も少なくなかったのではないかと思います。この作品は今週末11/6-8、映像作品として生まれ変わって、東京芸術劇場とオンラインで上映されます

私も、韓国のプロデューサーのキム・ソンヒさんからこの作品を推薦していただいて、初めてビデオで見た時には、いくつかの場面の鮮烈な美しさに打たれ、遊び心溢れる意外な展開や手法に圧倒されながらも、どう評価したらよいものか、かなり途方にくれました。海外招聘の仕事を十数年してきましたが、こんなに途方にくれた作品はなかったかも知れません。でも何ヶ月か時間をかけて考えているうちに、この作品の面白さやすごみが少しずつ分かってきた気がしています。それをこの数日のうちに評価することができたアーティスト審査員のみなさんはさすがだと思いました。

私にもまだ、この作品がどこまで「分かって」いるのか、心もとないですが、まだ見ていない方、昨年見たもののモヤっとしている方のためにも、私に見えてきたことをいくつか、書き留めておこうと思います(「ネタバレ」ということでもないとは思いますが、予備知識なしで見たい方は鑑賞後にお読みください)。

・未知のノスタルジー

「東京芸術祭ワールドコンペティション2019」では、アーティスト審査会の審査基準を以下のようにしていました。

1)2030年代に向けて、舞台芸術の新たな価値観を提示しているか

2)その価値観の提示の仕方において、技術的に高い質をもった表現がなされているか

アーティスト審査員の一人であるレミ・ポニファシオさん(ニュージーランドのオークランド在住)は、この作品を選んだ理由を「他の作品の多くは「知っているもの」の延長線上にあるように見えたが、この作品は本当に「知らないもの」だったから」とお話ししていました。その意味で、最も「2030年代に向けて、舞台芸術の新たな価値観を提示」しているのがこの作品だったと、アーティスト審査会は結論づけたわけでした。

また、もう一人のアーティスト審査員ヤン・ジョンウンさん(ソウル在住)は、「インドネシア、マレーシア等々、アジア各地に影絵芝居の伝統があるが、この作品はそのどれとも異なる、独自の影絵の手法を使っている」とおっしゃっていました。一見すると、どこかで見たような影絵も出てきますが、たしかに不思議な絵や不思議な影の作り方があちこちで使われています。そして何よりも、全く言葉がなく、物語が突然現れては消え、突然妙な音がしては無音になり、というのは、伝統的な影絵芝居とは明らかに異なっていて、奇妙な夢を見ているような気がしてきます。

それでも、この作品に出てくるさまざまなお化けたちの絵姿も、扇風機、ミシン、ヤカンといった小道具も、なんとなく懐かしい雰囲気を漂わせています。『紫気東来—ビッグ・ナッシング』が見せてくれるのは、懐かしいのに知らない世界、知らないのに懐かしい世界です。

・古典と現代、四つの時間

この作品で二カ所だけ、言葉が出てくる場面があります。スクリーン上では英語で書かれていますが、今回の公演では、戴陳連自身の声で、「私のおばあちゃんは、川辺に住んでいた」と、日本語のナレーションが入っていました。戴陳連は「自分のおばあさんが生きていた世界を理解するため」にこの作品をつくった、とも語っています。

戴陳連は紹興酒で知られる紹興市の出身で、小さい頃はよくおばあさんの家にいたといいます。舞台上で使われる古びたミシンやヤカンは、おばあさんの家にあったものかも知れません。

その前に、やはり紹興市出身で、「近代中国文学の父」とされる魯迅の姿が出てきて、魯迅の顔がやがておばあさんの顔と重なっていきます。舞台の上の小道具に流れているのは、20世紀前半の魯迅の時代と、20世紀後半のおばあさんの時代なのでしょう。その間にヤカンは古び、すてきなミシンもガタガタと大きな音を立てるようになっています。

影絵の中では、腕から口が生えてきて食べ物を食べたり、鳥人間のようなものが出てきたりしますが、これらは『酉陽雑俎(ゆうようざっそ)』という唐代(9世紀頃)の怪談話を集めた奇書がもとになっているそうです。この本は魯迅の愛読書でもありました。

というわけで、この舞台には、1)唐代、2)20世紀前半、3)20世紀後半、4)現代と、四つの時間が流れているようです。

・「東」から到来するのは何か? 革命と資本主義、「東風」からイースタニゼーションへ

このことに気づくと、『紫気東来—ビッグ・ナッシング』という題名の意味が、ちょっと見えてきます。

中国語の原題は「东来紫气满函关(東来の紫気は函関に満つ)」。これは唐代の詩人杜甫の詩「秋興八首」の一節で、周代に老子が函谷関を訪れたとき、関守は「紫気」が漂っているのを見て聖人の東来に気づいた、という故事が語られています。そこから、今でも中華料理店などで「紫気東来」という言葉がおめでたいものとして掲げられています。

では近代の中国史で「紫気東来」とは何を意味するのか、と考えてみれば、たとえばフランスの映画監督ゴダールに『東風』(1969年、「ジガ・ヴェルトフ集団」名義)という映画があります。ここでいう「東からの風」とは、毛沢東主義(マオイスム)のことでした。1960年代、中国で毛沢東が主導した文化大革命に世界中で多くの人々が影響を受けた時代がありました。西洋文化とは異なる、新たな文化をつくろうという動きが「東からの風」だったわけです。

そしてこの毛沢東が最も評価していた作家が魯迅でした。魯迅は「偉大な革命家」でもあったとされ、中華人民共和国成立後、国語の教科書で大きな位置を占めてきました。その魯迅が生きた時代は、辛亥革命によって清朝が滅びたものの、安定した民主的政権がなかなかできず、混乱がつづいていました。魯迅が生まれた紹興市は中国東部にあるので、その意味でも「東」から来た人物といえますが、魯迅は医学を学びに日本に留学したことがきっかけで中国語による近代文学をつくったので、中国よりもさらに「東からの風」を中国大陸に持ち込んだ作家ともいえるでしょう。

そして現代は、世界の経済や政治の重心が西洋から「東」へと移動していく「イースタニゼーション」の時代といわれています。この動きに大きく寄与したのが、中国の「改革開放」による「社会主義市場経済」の成立でした。文化大革命から半世紀を経た今日、国語の教科書に採用される魯迅作品が減ってきているといいます。その意味でも、魯迅は戴陳連にとって「おばあさんの時代」を象徴する作家なのでしょう。

中国のGDPは2011年に世界第二位の規模になりました。推薦人のキム・ソンヒさんはこの作品の推薦理由のなかで「戴陳連は、資本主義文化ではもはやたどり着くことのできない領域へ(・・・)と私たちを誘う」と語っています。ジュリエット・ビノシュさんは戴陳連について「巨大な市場経済に一人で立ち向かっているかのようだ」と話していました。どちらも、「社会主義市場経済」を掲げる現代中国のアーティストを語る言葉として聞くと、ちょっと複雑な気持ちになります。

整理すると、1)周代(?):老子思想の到来、2)20世紀前半:辛亥革命、3)20世紀後半:文化大革命、4)現代:社会主義市場経済と、「東からの風」は時代によって大きく意味を変えてきました。

たとえば「腕に口が生えて次々と食べ物を平らげていく」という場面も、この四つの時代のそれぞれを背景にしてみれば、さまざまな意味で見えてくるでしょう。

ところが、英語の題名はBig Nothingと、全く違うものになっています。欧米の中華料理店の店名でも、中国語名と西洋語名が全く異なることがあります。たしかに中国の古典を参照していたりすると、そのまま西洋語に訳しても意味をなさないことは多々あるでしょう。とはいえ、「おめでたい気が東からやってくる」と「大きな無」では、さすがに意味が違いすぎて、ちょっと不思議ではあります。「おめでたい気」が、実は「大きな無」だった、ということなのだとすれば、そこには強烈な皮肉が込められていると思ってよいでしょう。

・生き物の時間、人の時間、道具の時間

この作品では、さらにいくつかの異なる時間が流れています。ヒトが生きる時間、鳥など他の生き物が生きる時間、そして扇風機、ミシン、ヤカンといった人が作った道具が生きる時間です。そしてヒト・他の生き物・道具のそれぞれが、影絵の中と舞台の上で二重化され、二つの世界を行ったり来たりしています。

さまざまな生き物のなかで、ヒトという種は比較的最近、この地球上に出現しました。そしてさまざまな道具を使うことで自分たちに都合がいい環境をつくり、他の生き物たちが生きていた空間を奪ってきました。でも、ヒトの命ははかなく、道具もいつか古び、朽ちていきます。ヒトが自分の都合でつくった空間も、隙あらば他のヒトや、他の生き物たちに奪われていきます。人がさまざまな妖怪変化に出会い、何の教訓もないまま、あっけなく身を滅していく『酉陽雑俎』の短い物語群は、そんなヒトの有り様を思い出させてくれます。ここでは「文明」前/後、「人間」前/後の時間が、めまぐるしく切り替わり、往来していくのです。

・意味を失っていく世界に、手仕事で挑む

ヒトがつくった「世界」の中では「意味」が生まれますが、長いことかけて生まれ落ち、育ってきた「意味」も、ふとしたことであっけなく失われてしまいます。時には「世界」もろとも。

戴陳連は、かつておばあさんが生きていた世界、今は失われてしまった意味を体感するために、描き、切り抜き、貼りつけ、動かし、丹念な手仕事によって世界をつくっていきます。でも戴陳連の手のなかから生まれた世界では、意味は絶え間なく滑り落ちていきます。

おばあさんの世界を生きてみようとする戴陳連の郷愁は、おばあさんの時間を越えて、道具の時間、他の生き物たちの時間へと滑り落ちていきます。ヒトの郷愁がヒトを越えていったとき、そこには異なる意味をもった世界が開けてくるのかもしれません。

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カテゴリー: アジアの舞台芸術

当事者性と「世界」 2020年9月4日

内野儀先生の「日本の演劇についていま考える「枠組み」も考えてみる(2) 実験とかコミュニティとか:リチャード・シェクナーから小劇場演劇へ」という話を一昨日うかがい、ここ二十年くらいもやもやしていたことが、少し輪郭を持ってきた気がする。

2016年にACC(アジアン・カルチュラル・カウンシル)のグランティーとしてニューヨークに滞在させていただいたが、ニューヨークに行きたかったのは、フランスで学んだ演劇学・演劇史がかなり狭いものに感じていたからだ。その前にアジアセンターのグラントで東南アジア三カ国視察に行かせていただいたとき、東南アジアの多くのアーティストがヨーロッパではなく米国で、演劇学ではなくパフォーマンス・スタディーズを学んだことを知って、ニューヨークに行けば、アジアのことをもっときちんと考えられるのではないかと思っていた。

だが実際に行ってみたら、ニューヨークではアジアのアーティストがあまり活躍しておらず、正直ちょっとがっかりした。パフォーマンス・スタディーズも、アジアのことよりも米国内のアジア系アメリカ人のことにばかり一生懸命で、なんだか視野が狭い感じがした。しかし、この半年ほどの米国滞在は、今日の舞台芸術の枠組みをめぐる問題に取り組む大きなきっかけになった。

ニューヨークに行く前に知っていたパフォーマンス・スタディーズといえば、リチャード・シェクナーくらいだった。シェクナーはACCの支援も得て、日本や中国からパプアニューギニアまでアジア中をリサーチし、それが「演劇」にとらわれない「パフォーマンス」一般についての新たな学問分野を切り拓くきっかけの一つになった。ニューヨーク大学でシェクナーの最後のセミナーに参加できたことは、本当に得がたい経験だった。だが、そのニューヨーク大学でも、シェクナー的な視野でパフォーマンス・スタディーズに取り組んでいる研究者はいなかった。

一昨日の内野先生の話で、1980年代のニューヨークでの経験とドワイト・コンカーグッドの話を聞いて、なるほど、と思った。1986年に内野先生がニューヨーク大学にいらした時には、「自己省察性(reflexivity)」がキーワードだったという。要は「自分のことを省みろ」「他人の話をする前に、自分がどの立場から言っているのかよく考えておけ」ということらしい。

「未開の地」がなくなっていき、ポストコロニアリズムを経過して、パフォーマンス・スタディーズの重要な基盤の一つだった文化人類学は大きく変容していく。そこで出てきたのが、シカゴのノースウェスタン大学でパフォーマンス・スタディーズを教えていたドワイト・コンカーグッド(Dwight Conquergood)だった。コンカーグッドはタイのモン族のヒーラーを対象にフィールドワークをしたのがきっかけで、モン族難民の権利の擁護にアクティヴィスト的に関わっていく。そして地元シカゴの問題に取り組むため、移民貧困層が多いリトル・ベイルートに住み込み、ギャングたちの相談に乗りながらリサーチを進めていく。コンカーグッドは55歳で亡くなるまでそこで暮らしていたという。いわば自分をむりやり地元のギャングたちの問題の当事者にしてしまったわけである。

これがパフォーマンス・スタディーズのその後の流れに大きな影響を与えることになる。私がノースウェスタン大学のパフォーマンス・スタディーズ科で話を聞いた時にも、今の学生のフィールドワーク先の多くはマクドナルドのアルバイトや地元の会社の新人研修で、タイやパプアニューギニアに行くような学生はほとんどいないとのことだった。ベトナム戦争、イラク戦争を経て、米国が内向きになっていったことも関係しているのだろう。米国滞在中、ちょうどトランプ政権の成立もあり、「世界」のことよりも足下の問題を見つめろ、という風潮を強く感じた。世界中のあらゆる地域からの移民がいる米国にいると、あたかもそこで「世界」が見えるような気がしてしまうこともあるのかもしれない。

この流れが今の東京の小劇場演劇にもつながっている、という話をするはずだったようだが、一昨日は少し触れただけで終わってしまった。しかし1980年代のニューヨークでキーワードだった「自己省察性(reflexivity)」という問題意識が、今の「当事者性」をめぐる問題につながっているのは間違いないだろう。1990年代以降の「現代口語演劇」も、「自分の足下のリアリティーを大事にする」という意味ではつながっている。現代口語演劇的なものへの共感と違和感、太陽劇団的なものへの共感と違和感がどこから自分に流れ込んできていたのか、少し見えてきた。

翻って自分の研究のことを考えると、「自分の問題」から出発しつつも、良くも悪しくも、これまではヨーロッパ的な普遍主義・客観主義のなかでやっていかざるを得なかったのだと思う。歌と踊りを排除した「近代劇」なるものがなぜヨーロッパで生まれ、そこで作られた基準がアジアにおいていかに身体性を抑圧してきたのか、ということを見つめることで、「近代劇後」「ヨーロッパ後」の舞台芸術のために何をすべきかを考えてきたつもりだが、話を大きくすればするほど、遠い地域の話、昔の話をすればするほど「当事者性」が薄くなっていくところはある。

だが舞台芸術の国際事業に関わっている立場からすると、この枠組みの問題はまさに当事者性をもった問題でもある。それに関わってこられたのは幸運なことだと、今にして思う。

今は足下を見つめなおす時期だと思いつつも、足下だけを見ていると見えないこともある。もう少し遠くのほうも見ておきたい。

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贈与としての舞台芸術は可能か 2020年7月11日

コロナ禍をきっかけに、舞台芸術に関するクラウドファンディングがいくつか立ち上がりました。でもその少し前から、市場経済の仕組みでは成り立ちにくい舞台芸術に贈与経済の考え方を導入すべきではないか、という機運はありました。それについて、古代ローマの例が役に立つような気がしたので、ローマ演劇における贈与と俳優の関係について、少し書き留めておきます。

古代ローマ社会においては、贈与経済が圧倒的な重要性を持っていました。劇場や演劇公演を含め、大規模な工事やイベントの多くは、権力者や資産家による贈与によって成り立っていました(ポール・ヴェーヌ『パンと競技場』)。

贈与によって恩を受けると感謝の念が生まれ、恩返しをしなければならないという気持ちが生じます。恩返しをすると、そこに再び感謝が生まれ、両者のあいだに信頼関係が生じていきます。このような「恩恵」、「感謝」、「信頼」を、ラテン語では全てグラティア(gratia)という言葉で表現します。ローマの支配階級は、このグラティアのサークルによって結びついていました(Claude Moussy, Gratia et sa famille)。

これは神々と人間との関係でもありました。ローマ人は神々に日ごろの「恩恵」への「感謝」のしるしとして犠牲を捧げ、時にはギリシア由来のエキゾティックな娯楽である演劇を捧げたりもします。こんな儀式へのお返しとして、神々はふたたび人間に恩恵を授け、神々と人間との絆が深まっていくわけです。

ローマ市民は演劇に熱狂し、政治家が人気取りのために競って演劇を上演するようになっていきました。人気俳優は巨万の富を築きました。ところが、俳優たちはこのグラティアのサークルのなかに入ることはできませんでした。俳優は報酬を受け取って演じていたからです。

ローマ社会では、お金のために仕事をすることは卑しいことだと考えられていました。そして俳優は、他人の快楽のために自分の身体を提供する仕事として、売春と同様に不名誉で奴隷的な職業とみなされていました。

同じような行為をしても、金銭による取引となると、支払いで関係が終わってしまい、「恩恵」も「感謝」も「信頼」も発生せず、グラティアのサークルには入ることができません。政治家が劇団の座長に演劇を上演してもらい、それによって庇護民の支持を得ることができたとしても、報酬をもらった座長は政治家に恩を売ることはできません。神々にこの娯楽を「感謝」のしるしとして捧げた主体も、あくまでお金を出した主催者であって、実際に演じた俳優ではありません(これについては『西洋演劇論アンソロジー』の「クインティリアヌス」の項目で少し書いています)。

ではどうすれば俳優はグラティアのサークルに入れるのか。近代ヨーロッパの演技論は、この難題が一つの出発点になっています。ここから、近代演技論では、ラテン語のグラティアから派生した「優美(grace, grâce, Grazie, etc…)」という概念が重要になっていくのですが、ここから先はややこしい話なので、またいずれ。歌と踊りを排除した今のリアリズム的な演技は、この「優美」の追求がきっかけとなって生まれた、というのが私の考えです。

これは近代において、俳優が再び市民となっていく過程でもありました。フランス革命のなかで、俳優はときに共和政ローマの英雄を演じることで、市民のモデルを提示する役割を果たしました。革命後の社会では市場経済が拡大し、グラティアのサークルは徐々に姿を消していきます。そしてようやく市民権を得た俳優は、興行としての演劇を牽引していきます。

二〇世紀以降、映画やテレビやインターネットの出現で、舞台芸術を興行として成立させることは徐々に困難になっていきました。では今、どうすれば舞台芸術にふたたび贈与経済の考え方を導入することができるのか。そしてどうすれば贈与のサークルの中で舞台芸術の担い手自身が主体的な位置を占めることができるのか。これは今、私たちが直面している難題です。たぶんそれには、今の舞台芸術の枠組みやあり方自体を問い直すようなことが必要になるでしょう。もしかすると何世紀もかかかるようなことなのかも知れません。あるいは、意外とあっという間にそうなっていくのかもしれません。

いずれにしても確かなのは、これまでやってきたことを、けっこう根本的に問いなおす必要に迫られているということだと思います。

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コロナとモノカルチャー 2020年5月27日

伝染病が一番蔓延しやすいのは「単一栽培(モノカルチャー)」の畑です。一つの品種だけを集中的に植えると、効率よく大量に収穫できる一方で、伝染病が発生すると畑全体がダメになってしまうことがあります。

コロナ禍で分かったのは、人類全体がモノカルチャーになりつつある、ということです。ここ一世紀ほどのあいだにヒトは都市に集中し、気がつけば世界中の都市で同じような生活が送れるようになりました。

今必要なのは、新しい生活様式を想像し、実験し、実践し、他の人にもそうしてみたいと思わせてくれるような人たちです。

芸術文化を支えているフリーランスのアーティスト、スタッフ、制作者はそんな人たちです。今回のコロナ禍で中止・延期になった事業では、ずっと前から手がけていた仕事に対して十分報酬が支払われないケースが多々あります。人が再び顔を合わせられるようになる時まで、日々新たな生き方を探っている人たちが生きのびていけるよう、AUFの活動を支援していきたいと思います。

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芸術文化を担うフリーランスを支援するアーツ・ユナイテッド・ファンド(AUF)の寄付募集、今週末5/31までです。

私を含め、舞台芸術業界で働いている人のほとんどは「非正規雇用」で、翌年の収入も不透明です。数ヶ月仕事ができなくなることで、貴重な才能が離職せざるをえなくなることが少なくありません。劇場や団体などの支援に比べて分かりにくいところがあるかもしれませんが、芸術文化活動を担っている「人」を直接に支える、貴重な活動だと思います。

支援の対象となるのは、実演家、演奏家や俳優、ダンサー、歌手、作曲家、指揮者、実演家、劇作家、演出家、振付家、美術・工芸作家、デザイナー、映像作家、写真家、建築家、茶華書道家、プロデューサー、制作者、舞台・音響・照明・映像・衣装スタッフ、調律師、ドラマトゥルク、翻訳・通訳者、字幕オペレーター、キュレーター、コーディネーター、インストーラー・設営スタッフ、プランナー、アートディレクター、編集者、広報スタッフ、批評家、ライター、額装家、アクセスコーディネーター等々だそうです。ぜひご検討ください。

https://camp-fire.jp/projects/271390/activities/135839?fbclid=IwAR2c7kQ3uz5ux65XoyxYutjizGt6hrIje23jKI5BDSgemlRnO7a15sye400#main

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2300年前の舞台芸術制作者 2020年5月14日

舞台芸術制作者という職業はいつ頃できたのでしょうか。最近たまたま読んでいた本によれば、少なくとも紀元前3世紀頃にはそんな仕事をする人がいたようです。アテナイの悲劇喜劇文化が地中海世界全体に広がって、いわば国際的なツアーが増えていったヘレニズム時代には「演出助手(ヒュポディダスカロス)」 という職名が見られます。この人は現地での稽古や上演準備を担っていたようです。
その時代、俳優・スタッフたちがディオニュソス芸能者組合というのを立ち上げて、芸能実演家の権利を守ったり、マネジメント業務を行ったり、やがてはフェスティバルの立ち上げまで請け負うようになっていきます。
ツアー先とコンタクトをとって、公演料の交渉をして、出演者やスタッフを手配して、小道具や大道具を手配して、アゴアシ枕を手配して等々、ネットどころか郵便もなかった時代の国際事業のマネジメントは大変だったでしょうね…。
(José M. González, The Epic Rhapsode and His Craft: Homeric Performance in a Diachronic Perspective, Washington DC, Center for Hellenic Studies, 2013, p. 485.)

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カテゴリー: 文化政策

ウイルスと「世界」 2020年4月4日

胎盤の仕組みはウイルスに由来するという。母親にとって、胎児は自己の一部でもあり、他者でもある。ウイルスは自己と他者の境界を揺らがせる。それが、私たちには怖いのだろう。

私たちは「自己」によって守られ、国境によって守られている。自己があり、他者があり、他者のそれぞれが自己でもある世界。そしてそれらがひとまとまりになって「国」をなし、「自国」と「他国」が区別され、それぞれが他国に対して自国を守っているような世界。私たちはそんな「世界」に生きている、と思い込んでいる。

「ふじのくに⇄せかい演劇祭」の「せかい」という言葉には、「国際」ではない、という含意がある。国と国のつきあいではなく、「ふじのくに」という目に見える共同体が、直接に世界と交流するような場をつくりたい、という思いがある。

でも、もしかしたらそろそろ「世界」の方も疑ってみたほうがいいのかもしれない。より正確にいえば、「世界」というものをどのようにイメージすべきか、考えなおした方がいいのかもしれない。

DNAによる二重らせん構造には、コピーの誤りが起きたときに修正する機能がある。一方、コロナウイルスのRNAは一本鎖なので、「自己」の同一性が安定せず、とめどなく変異していく。とはいえ、DNAの二重らせん構造も、少し長めの時間でみれば、やはり変異していく。「自己保存」という原則がある世界とない世界、自他の区別がある世界とない世界は地続きなのかもしれないと想像してみること。「自己」と「世界」が地続きであることを想像してみること。「まつり」はそんなための場でもあった。

隔離の日々は境界を強化していくように見えるが、壁を高くするだけで「自己」を守ることはできない。隔離の日々が明けるのは、「自己」と「他者」の境界が少し変わったときだろう。

ウイルスは宿主を破壊すると、宿主を失ってしまう。そして宿主を変え、変異をつづけていくうちに、いつか、宿主と共生するすべを見いだす。そのあいだに、宿主自身も変わっていくことがある。ヒトのDNA配列のなかには、RNAウイルス由来とみられる配列が多く存在していて、ウイルスがヒトの進化に大きく貢献しているという。宿主がワクチンを開発することもまた、ウイルス側から見れば、そんな共生のプロセスの一つかもしれない。

…などと言ってはみても、私たち宿主の短い人生のなかでは、破壊的なウイルスとはなるべく共生しないのが一番ですので、まずは何卒ご自愛ください。

隔離の日々が一刻も早く明けることを、そして、そのときには「世界」を隔てる境界が少しちがって見えていることを祈りつつ。

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