今年のSHIZUOKAせかい演劇祭、全く個人的なハイライトは、舞台芸術公園の草木の管理をしてくださっている山本章さんがBIOTOPEの東南アジアと日本の劇作家に向けてお話しくださったことでした(非公開の小さなイベントの話ですみません・・・)。山本さんに初めてお目にかかったのは、2007年にSPAC制作部で働きはじめたときだったと思います。毎日木や竹を切ってくださっている方と、事務所でお休みされているときにおしゃべりするようになり、SPACの元専務理事とうかがって、驚きました。山本さんは県庁職員として鈴木忠志さんに出会い、齊藤滋与史知事(1986–2001在任)のもとでSPAC創立に関わることになります。鈴木忠志さんは、国際的に発信できるような舞台芸術をつくるためには常設の劇団が芸術総監督のもとで劇場施設を専有使用できるようにすることが必須であるとおっしゃり、山本さんたちは予算を確保し、劇場や条例を整備して、1999年のシアターオリンピックスまでにその体制を作り上げました。山本さんは舞台芸術には縁もゆかりもなかったようですが、国内だけでなく世界各地の劇場を視察して勉強し、県庁や県議会との調整をされてきたとうかがいました。もう20年近く前にお話をうかがったとき、「なんでそんなにがんばれたんですか?」と尋ねたら、「自分の子どもたち、孫たちに本物を見せたかったから」とおっしゃっていました。それ以来、この言葉を胸に刻んで仕事をしてきました。
今回は舞台芸術公園についてのお話が印象的でした。日本平の開発が進み、里山の風景が失われることを危惧して県が土地を購入したところに、ちょうどSPACの構想が持ち上がったのだそうです。当時の齊藤知事は大昭和製紙社長も務められた実業界出身の方ですが、清水に火力発電所を建設する計画がもちあがったとき、「玄関にかまどをつくりますか?」とおっしゃって阻止されたとのこと。山本さんは、「外国の方がここにいらっしゃるとき、ここがすばらしいとおっしゃってくださるのをよく聞いてきました。演劇祭期間中は、たくさんのアーティストがここにいるので、アーティストが主役のように見えるかもしれません。でも、ここがすばらしいのは、何世代にもわたってこの里山の風景をつくってこられた方々がいるからなんですよね。だから、本当の主役は、ここに住んでいる方々なんです」とおっしゃっていました。山本さんはそんな思いで今でも舞台芸術公園の整備をしてくださっているんだな、と感じました・・・。
私は縁もゆかりもないところから静岡に来て、20年近く静岡のすてきな方々に育てていただいています。少しでも静岡の風土を肥やすことができればと改めて思いました。
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