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幸せだと思い込んでいる人にも演劇を 2026年7月1日

幸せだと思い込んでいる人にも演劇を見せなければならない、らしい。
カシミール・シヴァ派の哲学者・美学者で生きながら解脱したとされるアビナヴァグプタ(10世紀〜11世紀)は、『ナーティヤ・シャーストラ(演劇典範)』注解で、演劇鑑賞を妨げる七つの障碍の一つとして「自己の幸福など(の感情)に支配」されることを挙げている。そういう人は他の事柄に無関心になってしまうので、楽器の演奏や歌、「芸能に巧みな遊女などによって観客の注意を惹きつけるという方法をとる」のだという。
アビナヴァグプタは観劇によって「全ての生類を抱擁しているかのような、ブラフマンの味わい」を経験させることができると考えていた。
(上村勝彦『インド古典演劇論における美的経験』より)

・・・もうちょっと普及活動も頑張らなければ、と思いました。

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カテゴリー: アジアの舞台芸術

味わいがないと意味がない

「味わい(rasa)なしでは、いかなる意味も現れない」。古代インドの演劇論『ナーティヤ・シャーストラ(演劇典範)』(第6章)のなかで、この言葉に出会って、はっとした。これまで、自分がいかに西洋的な演劇観、言語観に馴染んでいたのか、気付かされた。「はじめに言葉があった」という世界であれば、言葉にはもともと意味があったのかもしれない。だが、はじめにあったのが物質であり、身体であったとすれば、話は別だろう。

ヒトは食べて生き残り、子孫を残すために言葉を話す。そして食べるものを見分けるために味覚をもつ。「見分ける」という言葉自体、視覚優位主義の産物で、生き物としては「味わい分ける」ほうが「見分ける」よりも根源的なはずだ。「味わい分ける」とは、生き抜くうえで必要なものを選り分けることである。

演劇も詩も、言葉全般も、「味わい」がなければ意味がない。逆にいえば、私たちが生き抜くために、よりよく生きるために必要な言葉があり、詩があり、演劇がある。それを「味わい分ける」ことができるのは、身体をもち、日々なんとか生き抜いているヒトだけだ。なんだか当たり前のことだが、このことを忘れさせてしまおうとする言葉の奔流に呑まれないようにするためにも、味わいのある言葉が発せられる場所を大事にしていきたい。

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カテゴリー: アジアの舞台芸術

台新芸術賞審査会

台北で第24回台新芸術賞の審査に参加させていただいたのですが、その選考過程がとても贅沢で、驚きました。9人の候補作品選定者(提名観察人/nominators)が一年かけて100~200作品ほどの舞台と展覧会等を観て評を書き、四半期に一度集まって最初の候補作品リストをつくっていきます。評の一部は、台新銀行文化芸術基金会が主催する芸術批評サイト「ART TALKS」で発表されています。今回は、そうして作られた最初の候補作品リスト(long list)が108作品となり、そのなかから議論を重ねて、最終候補作品(short list)として16作品が選ばれたとのことでした。
最終審査には、台湾から候補作品選定者2人、批評家2人、そして「国際審査員」が私を含め3人(他の2人はスウェーデンとアメリカ合衆国から)の計7名が参加し、台新銀行文化芸術基金会の事務局長(執行長/Executive Director)とともに3日間かけて視覚芸術賞、舞台芸術賞、大賞の3賞を審査しました。これだけの時間をかけて議論できる審査会は、これまで経験したことがありませんでした。各作品については、詳細な資料とビデオが中国語・英語の二カ国語で用意されており、それらをあらかじめ読み込み、視聴したうえで審査会が始まり、初日には候補作品選定者たちが各作品の紹介をしてくれます。夜にはノミネートされたアーティストたちとのパーティーも開かれ、直接疑問点を尋ねることもできます。3日目に受賞作品が決まると、その場で審査員の一人が授賞理由案を書き、審査員全員で中国語と英語の二カ国語で議論しながら授賞理由テクストを仕上げていきます。
昨日の授賞式で、各賞が発表されたときのどよめきを聞いて、改めてこの賞の重要性を実感しました。受賞者の一人は「10年以上一度もノミネートされなかったけれど、初めてのノミネーションで受賞できて感無量だ」という趣旨のコメントをされていました。視覚芸術賞と舞台芸術賞の賞金は各100万元(約500万円)、大賞は150万元(約750万円)と、金額的にも大きな賞ですが、それ以上に、この賞を受賞したことによる社会的な認知や評価の高まりが非常に大きいようで、とりわけ舞台芸術に関しては「台湾でこれほど影響力のある賞は他にない」とも耳にしました。(昨年、「台北演劇賞(臺北戲劇獎/Taipei Theatre Awards)」も創設されています。)
最終日の国際審査員によるトークの司会は、国家文化芸術基金会(財團法人國家文化藝術基金會/National Culture and Arts Foundation)の方がしてくださいましたが、同基金会でも批評の言葉を大事にしているようです。同基金会のウェブサイトにも批評セクションが設けられており、編集担当者が批評家に依頼して定期的にレビューを書いてもらうだけでなく、批評テクストの公募も行っているそうです。そして、編集担当者が掲載に値すると判断したテクストには原稿料を支払い、サイト上に掲載しているとのことでした。こうして作品をめぐる議論を活性化することで、観客にとっては作品を選ぶ手がかりとなり、アーティストにとっても活動を続ける励みになるうえ、企画書などを書く際に引用できるテクストが蓄積されていく、と話されていたのが印象的でした。
台湾の審査員の方々との議論を通じて、今回の候補作品一つひとつについて、いかに厚みのある議論が積み重ねられてきたかを実感しました。こういう全然意見が違う人たちが時間をかけて議論をする仕組みが台湾の民主主義を支えているんだな、と思いました。日本で助成や賞の制度設計に関わっておられ、台新芸術賞や台新銀行文化芸術基金会、国家文化芸術基金会の活動に関心をお持ちの方がいらしたら、担当の方におつなぎすることもできますので、どうぞお気軽にお知らせください。

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